カレーライスと師匠の言葉 (前編)

鈴々舎馬風一門 入門物語

カレーライスと師匠の言葉 (前編)

師匠の鈴々舎馬風と共に高座に上がる筆者

柳家 風柳

執筆者

柳家 風柳

執筆者プロフィール

漫才での挫折

私が落語に出会ったのは小学生の頃で、地元大阪の学校寄席でした。その後もテレビなどでちょくちょく落語を聴いていて、特に桂ざこば師匠と笑福亭鶴瓶師匠が即興で三題噺を作って披露されていた『らくごのご』(ABCテレビ)は毎週、楽しみにしていました。

落語を本格的に聴き出したのは、たぶん25歳くらいです。その頃は、すでに東京でコンビを組んで漫才をしていました。そしてネタ作りのため、お笑いのビデオやネタ番組を観て勉強していましたが、その時は今ほど種類がなく、ほかの若手芸人も同じようなものを観ていたため、設定や発想が被ることがよくありました。

そこでほかの人たちと被らないように、若い世代向けだけではなく、老若男女を楽しませていた寄席の演芸を勉強することにしたのです。それからは寄席に通ったり、落語をしっかり聴くようになり、そこで何度か衝撃を受けるようなことがあって、次第に落語の魅力に惹かれていくようになります。

最初は、古典落語なので「古い笑い」だと思っていましたが、いろんな落語を聴いていると、中には斬新な発想の落語や、現代でも共感できる人間模様が描かれている落語などがあり、

「一体、何時代の誰がこんな天才的な発想の落語を考えたんだ?」

「この場面での人間の感情は、昔も今も変わらないんだなぁ」

「革新的なお笑いや映画、ドラマも元は落語から来てるんじゃないか?」

と、最先端の発想や普遍的な設定の落語がとても私には衝撃的で、ますます落語を聴くようになりました。

その一方、コンビでやっていた漫才は、まったく上手くいきませんでした。そもそもネタ云々の前に、私が相方と仲良くすることができず、解散しては新しいコンビを組み、また解散を繰り替えしていました。

「こんなにも相方が次々と離れていくんだから、自分はよっぽどひどい人間で、何かとんでもない欠陥があるのだろう……」

「もう誰かと一緒にやるのを諦め、一人でやっていこう……」

そう決めると、今までは二人で会話するネタしか作ってこなかったので、改めて一人でやるネタ作りの勉強を始めました。そして、一人でやるには、ネタの基盤になる自身のキャラや、何か特別な芸を身に付ける必要があると思い、どうしていこうかと思い悩む日々が続きます。