講釈師夏物語
シリーズ「思い出の味」 第7回
- 講談
神田 春陽
2025/07/05
今も思い出す、懐かしい味と、かけがえのない時間の記憶
炎天下の怪談ツアー
講釈師の夏の仕事の定番は、なんと言っても怪談でしょう。講釈場や各地域寄席、イベントなど怪談噺一色に染まります。
二ツ目に昇進してから2018年まで、私の夏の仕事のメインは「はとバス・怪談コース」でした。例年、四谷のお岩様、谷中の全生庵、将門の首塚、さらに上野公園の散策などが決まっていて、ほかに一箇所、怪談にちなんだ所が追加されます。もちろん怪談噺も申し上げます。
この仕事は、とにかく過酷でした。見学地はもちろん、バスの中までしゃべり通しで、さらに約30分の怪談を語るのです。朝の午前9時半頃、東京駅のはとバス乗り場を出発し、午後4時半に東京駅に戻り、お客様を見送るまで約7時間しゃべり続けて帰路に就く。こんな感じの一日でした。
はとバスですからガイドさんも乗っていますが、「怪談コース」に乗ってくるガイドさんは、病み上がりで声の調子が悪い方や、昼の仕事が終わった後も夜のコースに乗る方など、いわゆる訳ありの方が多いのです。なにしろ道中は講釈師がしゃべるのですから、ガイドさんたちにしてみればリハビリのようなものなのでしょう。
では、ガイドさんは何をしているのかというと、点呼やチケットの購入、運転手さんとの連絡、お客様の列の一番後ろから付いてきてお客様がはぐれないようにするという業務になります。これはこれで重要な仕事ですね。
私が始めた頃、8月は休みなく、バスは出ていました。それを何人かの講釈師で回していくのです。申し上げた通り、過酷な仕事ですから、毎年のように担当してくれる講釈師がいなくなります。酷い年は、私と田辺駿之介(現・田辺鶴遊)さんと二人で回したこともありました。
特にしんどかったのが、夏の炎天下での散策でした。座って講釈を読むのが仕事だと思って入門したのに、こんなに歩かされるとは思ってないのですから、無理からぬことでしょう。私だってそうですよ、これっぽっちも思ってませんでした。
それでも10年ちょっと「怪談コース」のバスに乗り続け、はとバスのパンフレットに写真を掲載していただいたり、マスコミ対応などもやらせていただけるなど、良い思いをしたこともあります。2019年にはプロモーションだけ頼まれました。もっとも、この頃には怪談コースはお盆休みの時期しか走ってませんでしたけど……。
つらい思いと楽しい思いが混ざり合った「はとバス・怪談コース」でしたが、あの事があったのは、忘れもしない2010年の8月のことです。
なぜハッキリ覚えているのかというと、翌年3月11日に起こった東日本大震災の影響による電力事情で、2011年は昼の炎天下をさけて夕方からのコースに変更されたのです。それ以降、夕方からのコースが中心になりました。そんな訳で、2010年の8月のことはよく覚えています。
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