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地図にない街、地図にない店

「二藍の文箱」 第13回

地図にない街、地図にない店

青春の一杯(画:ひびのさなこ)

三遊亭 司

執筆者

三遊亭 司

執筆者プロフィール

 1998年(平成10年)、初夏。わたしは京都にいた。

 北野天満宮のそばに、師匠・桂三木助がTBS時代劇『大岡越前』に出演するために借りた小さなマンションはあった。

 その収録がクランクアップを迎え、マンションを引き払う引越作業のための上洛で、わたしにはもう藝名がついていたんだったか、どうだったか。

 「桂六久助」という前座名をいただいたのは、その年の7月13日で、これは小学校1年生からの幼馴染、ジュンくんの誕生日だからよく覚えている。

 三木助の倍で、六なのだが、その『大岡越前』での師匠の役名は、実父三代目三木助の鉄火場での二ツ名「隼(はやぶさ)の七」をもじって「隼の六」。やっぱり六だ。

 だから「ろく」と呼ばれてたことは前にも書いた。なんなら、気が抜けると師匠のお姉さんも、いまだに「ろく」と呼んでは、「司師匠」と言い直す。

 だとすると、師匠のおともで京都に行ったのは、初夏でなく夏のことか。でも、冒頭の一行は初夏のほうがおさまりがいいので、このままにする。

 その京都のマンションで、引越の荷造りをしていると、師匠から

 マンション出てちょっと行った角にあるラーメン屋、あそこ美味いから、そこで昼のせてこいよ。

 のせるは符牒で「食事を取る」ことで、そう言われた。

 師匠に言われるままにラーメンを食べて帰ってきて釣り銭をわたすと、どんなだった? いくらだった?と矢継ぎ早に訊かれたそれは、いままで食べたどのラーメンよりこってりとしていて、18歳男子が嫌いなわけはない。

 お前、ほんとに食べてきたんだな。

 と、言われた意味が最初はわからなかったが、師匠は大師匠五代目柳家小さんに、

 「新宿──末廣亭におれの着物を届けた帰りに、どこそこのなになにを食べて帰ってこい」

 そう言われて、1000円貰い、後に落語界のシティボーイと言われる柳家小太郎は、ケンタッキーフライドチキンを食べて帰ってきたそうだ。

 おめぇ、あれ、どうだった?

 ごちそうさまでした、おいしかったです。

 で、いくらだった?

 当然口籠る。そりゃ、そうだ。食べてないんだもん。食べたのはフライドチキンなんだもん。

 馬鹿野郎、盛夫はそういうやつだ。