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一途に講談を生きる 田辺いちか(中編)

「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第42回

一途に講談を生きる 田辺いちか(中編)

田辺いちか 高座風景(向じま墨亭にて)

瀧口 雅仁

執筆者

瀧口 雅仁

執筆者プロフィール

人生を変えた一席

いちか 普通に過ごしていたら、一生出会わないという人も多いと思います(笑)。

いちか そうです。川口のメディアセブンでした。

いちか はい。当時のメディアセブンの指定管理会社が面白い芸術家を呼んだり、変わった企画を開くという意欲的な方々ばかりで、それで講談の会を開きたいということで、一邑が張り切って顔付けをやって、チラシも自分で作って。

 駅前の良い会場でもあったので、前座さん、色物の芸人さん、噺家さん、そして自分も出演するといった感じで、毎月開催。途中からは隔月になりました。その会に行った時に、一邑の講談が面白くて面白くて、「こんなことできるんだ!」と。

 自分が演劇をやっていく中で、それも吹き替えをやっていくと、世の中の動向がわかるといいますか、映画にしても何にしても7割、男性で回すんです。よっぽど女性主体という話でない限りは、普通の映画活劇の主要な役は7割が男性なんです。女性は3割。この3割の女性を、今であると「こういう役であればこの人」「この役はこの人」と大体、制作者の中で決まっている中で、若手が食い込んでいかなければならない。

 声優のシステムにしても、若手のうちはジュニア価格と言って安いんで、若いうちは使ってもらえる。それがランクが上がっていくと、仕事がなくなるという世界で、これから先どうして生きていくんだろうと思っていたところに、一人ですべての役をやることができ、しかも年齢が関係ない。

 一邑は、年も性別も関係ない講談を読むタイプの人で、一邑のエゴのない語り口と言えばいいのでしょうか、「我が我が」と自分が出るのではなく、あくまでも作品の世界を表現するために、自分が奉仕するような。それが自分がやっていた劇団の一番といっても良い理念でもありました。「我を出すな。あくまで作品を伝えるのだ。それに奉仕するのに、肉体を、声を」という点です。

 一邑は、私から見て一番の理想形であったんです。全然異なるジャンルなのに。で、一緒にやっていた友人とともに一邑のファンになって、「一邑さん、すごいよねえ」って。彼女は声優をやりつつ、モノドラマの劇団に入ったんですけども、私は一邑に弟子入りしたという。しかもお互いに相談することもなく、「私、実は一邑さんに弟子入りしようと思う」「私、実は劇団に入ろうと思う」って(笑)。