流れもの日記 (前編)
鈴々舎馬風一門 入門物語 第5回
- 落語
柳家 あお馬
2025/05/17
修行のための修行期間
翌年の2012年の春に大学を卒業した僕は、就職などせずに「体裁の良いキリギリスになりたい」、ただそれだけを夢見て、結果として真逆の粉骨砕身のアリのような日々を送った。なんとも皮肉な話だ。
「入門後、すぐには食えない」と聞いていたので、予備資金を死に物狂いで貯めた。ちなみに僕は、この「死に物狂い」という言葉が好きだ。死に物狂いとは、「一生懸命」にやることとは違う。生きるか死ぬかの狭間で狂っていることをいう。狂っていなければならない。世間の常識は顧みず、ただ自分との約束を守るためだけに自我と格闘する。それが死に物狂いだ。
どうせ前座修行をするのなら、今のうちに前座修行よりも厳しい環境で働くのがいいだろうと思い、倉庫で夜通し荷物の仕分けをするアルバイトを選んだ。夜の10時から夜勤。これはなかなかのアルバイトだった。現場仕事がきつすぎて、ほぼ毎日新人が入れ替わる。古参のメンバーも新人はすぐやめると思っているから、人扱いなどしない。労働環境は最悪だ。それでも僕にとっては好条件だ。
「これだ、これだよ。ここで続けられれば、楽屋修行も務まるだろう」
お金がなくて入門ができない気持ちを紛らわすには、バイトに時間を費やすのが一番都合が良かった。一時だが、多い時は朝9時からはパチンコ屋のホールでバイトをして、いったん帰宅しまた夜22時から夜勤にいそしむ。
さらに噺家修行の免疫をつけるために、ほかにもいろいろなことを自らに課した。まず、修行中は、お休みがないので、アルバイトの勤務も多い時で週7回。
そして、入門先によっては、たくさん食事を摂るところがあるらしいので、胃袋をフードファイターのごとく大きくしておきたい。そう思って毎日二合のお米を弁当に詰め込む。もし仮に今から入門志願をしようと思って胃袋の拡張を試みている未来の同志がいるならば、今ここで忠告しておきたい。「もう本当にお腹いっぱいです」と言えばいい。ことは済む。
僕にとって、この入門前の「修行のための修行期間」の2年間が今の自分の内面をかたどっていることは間違いない。だいぶねじれ曲がってしまったと思うが、今も思い出す。
22時、勤務開始。2時間ほど作業をして、0時からお昼休憩(夜勤でも一番長い休憩はお昼休憩と呼んでいた)。ベニヤ板に覆われた壁の休憩所。裸電球ひとつの部屋でベルトコンベアーの「ギシギシ」という音を聞きながら、ボロボロの擦り切れたソファーの上で、無言で黙々と弁当のご飯を口に運ぶ。
二合のご飯にセブンイレブンで買った角煮をぶっかけて、古ぼけた電子レンジでチン。これが僕のいつもの弁当だった。今も炊いたご飯に角煮を乗せて口に運べば、いつでもあの時代にTRIPすることができる。しかしながら、食べたいという気が甚だ起きない。
この部屋ではギャンブル依存症のパチンカーの栗田さん(仮名)、朝礼の時点から酒臭をプンプンさせているアル中の田尾さん(仮名)、家をなくし、漫画喫茶で暮らす波田さん(仮名)、そして僕。なんというバランスだろうか。人生いろいろ。みな個性豊か。仲はそれと言って良くも悪くもない。
中でも波田さんは家がないから、漫画喫茶で暮らしていた。先日、同級生の結婚式があったのだとか。ご祝儀の手痛い出費がアパートを借りる日を遠ざけると愚痴をこぼす。でもその日、出席していた中に、親が幼稚園を経営している同級生がいたと言う。波田さんは「この同級生と結婚すれば、幼稚園のバスの運転手として生きる術が見つかるかもしれない。バスにも逆玉にも乗れるんだ」。目を輝かせて――否、血走らせて言った。
「波田さんは、その方のことが好きなんですか?」
と、僕が聞いたら、波田さんはこう言った。
「高瀬君(僕の本名)、好きとか嫌いじゃないんだよ、どう暮らしていくかでしょ」
僕は「人生は何なのだろうか。人生ってこわいなあ……」と思った。今の僕は、その当時の波田さんの年齢を超えた。
波田さん(仮名)、元気だろうか。今は何をしているんだろう。
いま読まれています!
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第20回
優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(後編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/12/01
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第18回
優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(前編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/11/29
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第19回
優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(中編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/11/30
「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第6回
〈書評〉 8番出口 (川村元気 著)
~ゲームと小説が重なる不思議な体験
笑福亭 茶光
2025/12/01
「テーマをもらえば考えます」 第4回
キウイフルーツ
~うん、凄いね、熟成! 熟成が凄いんだね!!
三遊亭 天どん
2025/11/30
シリーズ「思い出の味」 第15回
水茄子とジンジャーエール
~夏の青臭さ、生姜風味の泡沫が映す情景
林家 彦三
2025/11/25
鈴々舎馬風一門 入門物語 第12回
青春の終わりに入門。青春の始まりの入門 (後編)
~楽屋で学んだ人生のLUCK GO!
柳家 獅堂
2025/06/05
「オチ研究会 ~なぜこのサゲはウケないのか?」 第4回
権助魚、壺算、明烏
~「帰りたい」って、泣いてたよね?
林家 はな平
2025/08/06
鈴々舎馬風一門 入門物語 第9回
小じかの一歩目 (前編)
~筋金入りの落研部員
柳家 小じか
2025/05/23
「コソメキネマ」 第七回
朝のドラマ
~髙石あかりさん主演の『ベイビーわるきゅーれ』シリーズをご紹介!
港家 小そめ
2025/11/23
「テーマをもらえば考えます」 第4回
キウイフルーツ
~うん、凄いね、熟成! 熟成が凄いんだね!!
三遊亭 天どん
2025/11/30
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第19回
優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(中編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/11/30
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第18回
優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(前編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/11/29
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第20回
優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(後編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/12/01
「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第6回
〈書評〉 8番出口 (川村元気 著)
~ゲームと小説が重なる不思議な体験
笑福亭 茶光
2025/12/01
鈴々舎馬風一門 入門物語 第12回
青春の終わりに入門。青春の始まりの入門 (後編)
~楽屋で学んだ人生のLUCK GO!
柳家 獅堂
2025/06/05
シリーズ「思い出の味」 第15回
水茄子とジンジャーエール
~夏の青臭さ、生姜風味の泡沫が映す情景
林家 彦三
2025/11/25
「オチ研究会 ~なぜこのサゲはウケないのか?」 第4回
権助魚、壺算、明烏
~「帰りたい」って、泣いてたよね?
林家 はな平
2025/08/06
「すずめのさえずり」 第五回
ドーピングと芸名 ~志ん雀の由来~
~切実さと爆笑で綴られる、芸名誕生秘話
古今亭 志ん雀
2025/11/26
「テーマをもらえば考えます」 第3回
ハロウィン
~ご祝儀くれなきゃ、イタズラするぞー
三遊亭 天どん
2025/10/31
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第5回
落語家の夢
~俺の目は、まだ濁っていない!!!
桂 三四郎
2025/11/27
シリーズ「思い出の味」 第15回
水茄子とジンジャーエール
~夏の青臭さ、生姜風味の泡沫が映す情景
林家 彦三
2025/11/25
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第18回
優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(前編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/11/29
「すずめのさえずり」 第五回
ドーピングと芸名 ~志ん雀の由来~
~切実さと爆笑で綴られる、芸名誕生秘話
古今亭 志ん雀
2025/11/26
「テーマをもらえば考えます」 第4回
キウイフルーツ
~うん、凄いね、熟成! 熟成が凄いんだね!!
三遊亭 天どん
2025/11/30
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第19回
優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(中編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/11/30
「ずいひつかつどお」 第6回
きょうなにようび
~ブラックフライデーで、ハッピーハッピー!
立川 談吉
2025/11/29
「芸人本書く派列伝 クラシック」 第7回
〈書評〉 芸談 あばらかべっそん (桂文楽 著)
~名人の素顔は、磨かれた語りの行間に宿る
杉江 松恋
2025/11/28
「ピン芸人・服部拓也のエンタメを抱きしめて」 第7回
百花繚乱! 10人組の落語家ユニット「芸協カデンツァ」がやって来た【前編】
~世代を超えた多種多様、香味全開のおもしろユニット!
服部 拓也
2025/11/20
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第20回
優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(後編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/12/01
月刊「シン・道楽亭コラム」 第7回
シン・道楽亭、誕生前夜から今へと続くキャリー・ザット・ウェイト
~すべては菊太楼師匠との駄話、駄飲みから始まった
シン・道楽亭
2025/11/13
「令和らくご改造計画」
第四話 「初心者よ永遠なれ」
~AIが落語を演じる時、それでも人は笑えるのか?
三遊亭 ごはんつぶ
2025/11/12
「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第7回
ビールの秋、日本酒の秋、わたしの美が深まる秋
~浪曲師の日記が、ここまで笑えていいんですか!
東家 千春
2025/11/03
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第5回
落語家の夢
~俺の目は、まだ濁っていない!!!
桂 三四郎
2025/11/27
シリーズ「思い出の味」 第15回
水茄子とジンジャーエール
~夏の青臭さ、生姜風味の泡沫が映す情景
林家 彦三
2025/11/25
「かけはしのしゅんのはなし」 第6回
大会後のご褒美は、魅惑のナポレターナとプロシュート!
~11月20日は、ピザに恋する日!
春風亭 かけ橋
2025/11/18
「ラルテの、てんてこ舞い」 第5回
雀々が残した大提灯
~今もたくさんの人に愛される桂雀々師匠
ラルテ
2025/11/10
「講談最前線」 第10回
2025年11月の最前線 (聴講記:神田松麻呂・神田鯉花 連続読み、神田春陽の会)
~リレー講談「寛永宮本武蔵伝」と、緩急自在の「大岡政談」
瀧口 雅仁
2025/11/17
「講談最前線」 第8回
2025年9月の最前線 【後編】 (宝井小琴の二ツ目昇進、神田鯉花の結婚/講談入門② ~入門書編1)
~講談界の慶事と、初心者におススメの一冊
瀧口 雅仁
2025/09/14
入船亭扇太の「お恐れながら申し上げます」 第3回
番頭色々
~「本当にやって良かった」 に感謝を込めて
入船亭 扇太
2025/11/11
編集部のオススメ
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第4回
上方落語大会議「なんぼでなんぼ」
~苛酷な仕事、ギャラなんぼやったら行く?
桂 三四郎
2025/10/24
「マクラになるかも知れない話」 第三回
となりは鼻うがいをする人ぞ
~ねぇママ、パパは何をしているの?
三遊亭 萬都
2025/10/22
「エッセイ的な何か」 第5回
10/9は、アメリカンドッグの日 →兄さんに呼び出された男の困惑
~その男は『ドッグ』と呼ばれた!
三笑亭 夢丸
2025/10/21
「かけはしのしゅんのはなし」 第5回
スポーツの秋! 落語家がサーフパンツで舞台に立つ日
~筋肉は裏切らないが、笑いはたまに裏切る?
春風亭 かけ橋
2025/10/18
「くだらな観音菩薩」 第6回
鑑真和上
~そう、諦めちゃあいけないんだ
林家 きく麿
2025/10/16
「令和らくご改造計画」
第三話 「内輪ノリ」
~またも前座が楽屋を混乱に陥れる!
三遊亭 ごはんつぶ
2025/10/12
「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第6回
ビール飲み干し、そしてわたしに秋が来る
~時にヒリヒリ、時に爆笑の舞台裏!
東家 千春
2025/10/03