日本海のエセ貴族 〈その1〉

神田伊織の「二ツ目こなたかなた」 第3回

日本海のエセ貴族 〈その1〉

夜のクルーズ船

神田 伊織

執筆者

神田 伊織

執筆者プロフィール

闇夜に浮かぶクルーズ船

 港に着いたときには、あたりはもう暗くなっていた。目の前に、巨大な船が停泊している。白い船体が青と黄の光に照らされて、暗闇に浮かび上がる。手続きを済ませて船に乗り込んだ。

 クルーズ船の仕事だった。金沢から出港して8日間にわたり日本海をぐるりとまわる。14階建ての大きな船で、船内には1350人入れる劇場がある。その劇場で、4公演だけ務める。あとの時間はほとんど自由で、船内でのんびりと過ごすか、行く先々の港で下りて観光を楽しむ。実に贅沢な仕事である。

 部屋はスイートルーム。食事は毎日フルコース。船内の飲み物はアルコールも含めて飲み放題。まさに王侯貴族のような気分を味わえる。

 船内は、異国の王城のような豪華絢爛な装いである。イタリアの船で、ギリシャ神話の神々がテーマなのだという。すれ違うクルーは皆、外国人だから、先ほどまで金沢にいたのが嘘のようで、一瞬で別世界に入りこんだような心持ちになる。

 ど派手な金ぴかのエレベーターで10階まで上がり、長い廊下をたどって部屋へと向かう。中に入ると、ひとりで過ごすには十分な広さで、バルコニーまでついている。ソファの前のテーブルの上には、スパークリングワインとカナッペが置かれていた。

 スーツケースを置いて、背負っていた釈台を下ろす。さっそく服を脱いでベッドに飛び込む。これからはじまる優雅な日々への期待感を存分に堪能しながら、まずはひと休みしようと思った。

クルーズ船のエレベーター

 シーツにくるまってうつらうつらしていると、ドアをノックする音が聞こえた。廊下で声がする。横になったままぼんやりとしていると、またドアが叩かれる。仕方ないから起き上がってパンツ一丁でベッドから抜けると、ガチャっと扉が開く気配がした。

 「ハロー!」 

 陽気な声がして、誰か入ってくる。慌ててズボンを穿いてシャツを着て、転びそうになりながら出入り口へと向かう。

 「☆●△◎×◆?」

 東南アジア系と思われるクルーがドアから半分身を乗り入れて、にこやかに話しかけてくる。スイートルームにはバトラーがついていて、掃除やら御用うかがいやらでしきりに訪ねてくるのだった。

 「サンキュー、サンキュー、ノープロブレム」

 早々に引きとってもらい、またパンイチになってベッドに潜り込んだ。