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玉川太福 私浪曲 唸る身辺雑記(玉川太福 著)
杉江松恋の「芸人本書く派列伝 -alternative-」 第1回
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「私浪曲」で世間に風穴を開ける
内容についてまだ触れていなかった。太福が神田伯山、当時の松之丞と一緒に旅の仕事をしたことを唸る「佐渡へ行ってきました物語」は、いくつかある「行ってきました物語」の一つである。
2024年の正月に放送された日本テレビ系番組の『笑点』で太福は、自作「祐子のスマホ」のショートバージョンを、作中人物である玉川祐子の三味線で唸った。玉川祐子は、先ほど名前の出た故・玉川桃太郎の妻で、2025年で104歳になる芸界屈指の長寿曲師である。この歳での『笑点』出演記録は、おそらく破られることがないだろう。手前味噌ながら、私が聞き手を務めた『100歳で現役! 女性曲師の波瀾万丈人生』(光文社)があるので、よかったらご一読を。その「祐子のスマホ」は収録されていないのだが、代わりに「祐子のセーター最新章」が入っている。
太福の「私浪曲」は、身辺の人をキャラクター化し、有名にするという効果も上げた。故・福太郎の妻で、現在は玉川一門の総帥である曲師・玉川みね子や、その弟子で最年少曲師の玉川鈴は、太福世界のレギュラーメンバーだ。玉川鈴については「名寄に行ってきました物語」「続・名寄に行ってきました物語」をご覧いただきたい。
太福は、もともとコントに関心のあった人で、早くから現在のような新作をやりたいという考えを持っていた。『文學界』2016年10月号に寄稿した「そろそろ、現代口語でも浪曲を、っていう」という文章で「自転車水滸伝」の後で「もっと何も起こらない日常」「劇的なことが何も起こらない。大きな怒りや悲しみ、喜び。生まれない」現代口語演劇のような一席をやってみたいという願望が募っていったことを書いている。それが「地べたの二人」につながった。
さらに〈渋谷らくご〉に出演することで、若手落語家と切磋琢磨する喜びを知った。そこで「私浪曲」は強い武器に育っていったのである。世間に浪曲を届けるためにはいくつかの方策があるだろうが、「俺はこれをやる」という強い意志を感じる。世間へ向けてこじ開けた、風穴なのだ。浪曲が現代に通じる芸かどうかは、本書を読んで確かめていただきたい。