紀尾井町の占い師 (後編)
神田伊織の「二ツ目こなたかなた」 第2回
- 講談

神田 伊織
2025/05/27

江藤新平(国立国会図書館蔵『近代日本人の肖像』より)
鎮魂と救い
果たして大正十五年十二月の『週刊朝日』に、「江藤新平の首」という大島伯鶴の講談が載っていた。
芸者の名前が「小友」で江藤新平との面識はなく、宴会で訴えを聞いた大久保が反省をして写真の販売を禁止するという点や、暗殺とのつながりはないところが大きく異なるが、大筋は同じ展開だ。
この講談を踏まえてだろう。政治講談の巨人・伊藤痴遊は『痴遊雑誌』に江藤の首写真を掲載した際、「巷間、伝ふる所の芸妓小友云々の物語は、全然、跡形もなき事にして、見て来たやうな、嘘を吐く、講釈師の出鱈目である」と断じている。江藤と芸者と大久保暗殺にまつわる物語は、講談師の創作をきっかけに広まったのか、元々こうした噂があって講談になったのか、そこは定かではない。
講談では忘れられてしまったこの物語は、実は浪曲で今も伝わっている。演題を『江藤新平と芸妓お鯉』という。
芸者の名前は「小禄」でも「小友」でもなく「お鯉」であり、彼女は江藤新平からただ恩を受けたという設定になっている。世話になった江藤のむごたらしい写真を見て気の毒に思い、意地になって写真を買い集める。やがて政府高官の新年会に乗り込んで、思いのたけを訴える。
お鯉さんのこの演説、クドキが、浪曲の終盤で長い節となって展開される。切々たる心情がバラシの迫力と合致して、聴く者の心を強く打つ。
浪曲では大島伯鶴の講談と同じく、熱弁が実を結んで訴えが通じる。大久保が反省し、お鯉さんの無念、江藤新平の無念が報われる展開にほっとする。心のもやが払われるような気がする。もっとも、そのあとに島田一郎と大久保暗殺への唐突な言及があるので、安心は揺るがされ、奇妙な違和感が残るのだが。
江藤新平は実に不憫な最期を遂げた。捕縛後に急速に行われた裁判では弁明さえ許されず、かつての同僚たちによって惨刑に処された。それが可哀想だから、そんなことがまかり通る世の中であって欲しくないから、物語の中のお鯉さんは世間から奇異の目で見られてもひとり写真を買いあさり続ける。気の毒な死者のために熱情を注ぐ。
日本の古い芸能には鎮魂の役割がある。もしこれが中世の能ならば、江藤新平は亡霊として現れて無念を口にするだろう。文明開化の時代のこの話では、生きたお鯉さんが江藤の思いを代弁する。その意味でお鯉さんは巫女であり、依り代である。
何かに取りつかれたように写真を買い集め、時の最高権力者を前に熱弁をふるうことで、何も言えずに死んでいった敗者の魂を鎮める。一見モダンなこの演目には、そういう古風な構造がある。
現実の江藤新平は無残に死んだ。語りたいことを語れずに死んだ。歴史上の無数の弱者、敗者たちと同様に。虚構を通じてその無念をお鯉さんが晴らしてくれるから、生きている我々は束の間の救いを感じることができる。

いま読まれています!

「くだらな観音菩薩」 第6回
鑑真和上
~そう、諦めちゃあいけないんだ

林家 きく麿
2025/10/16

「令和らくご改造計画」
第三話 「内輪ノリ」
~またも前座が楽屋を混乱に陥れる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/10/12

シリーズ「思い出の味」 第13回
二つの乳に育てられし
~木綿豆腐、絹ごし豆腐、豆乳、絹揚げ、おからの炊いたん!

月亭 天使
2025/10/15

「くだらな観音菩薩」 第5回
五劫思惟阿弥陀如来
~世界は、もっと面白く変えられるよね!

林家 きく麿
2025/09/16

「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第3回
言霊のブーメラン
~上方落語の打ち上げよ、永遠なれ!

桂 三四郎
2025/09/25

「朝橘目線」 第6回
サイゼリヤ ガストジョナサン バーミヤン くら寿司あとは鳥貴族など
~この国に生まれて良かった

三遊亭 朝橘
2025/10/08

「講談最前線」 第8回
2025年9月の最前線 【後編】 (宝井小琴の二ツ目昇進、神田鯉花の結婚/講談入門② ~入門書編1)
~講談界の慶事と、初心者におススメの一冊

瀧口 雅仁
2025/09/14

「講談最前線」 第9回
2025年10月の最前線 【後編】 (聴講記:日本講談協会定席/講談入門③ ~入門書編2)
~人物伝の魅力全開

瀧口 雅仁
2025/10/08

「噺家渡世の余生な噺」 第6回
“施設長X”の献身
~架空の介護施設を舞台にした超短編小説

柳家 小志ん
2025/10/14

「まだ名人になりたい」 第5回
秋白し
~私は秋の名物に「発情期の鹿」を加えたい!

柳家 さん花
2025/10/13

「令和らくご改造計画」
第三話 「内輪ノリ」
~またも前座が楽屋を混乱に陥れる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/10/12

「くだらな観音菩薩」 第6回
鑑真和上
~そう、諦めちゃあいけないんだ

林家 きく麿
2025/10/16

シリーズ「思い出の味」 第13回
二つの乳に育てられし
~木綿豆腐、絹ごし豆腐、豆乳、絹揚げ、おからの炊いたん!

月亭 天使
2025/10/15

「令和らくご改造計画」
第二話 「集まれ! 蘊蓄おじさん」
~落語の未来を守るため、前座が立ち上がる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/09/12

「令和らくご改造計画」
第一話 「危機感をあなたに」
~笑撃のストーリーが今、始まる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/08/12

「噺家渡世の余生な噺」 第6回
“施設長X”の献身
~架空の介護施設を舞台にした超短編小説

柳家 小志ん
2025/10/14

「まだ名人になりたい」 第5回
秋白し
~私は秋の名物に「発情期の鹿」を加えたい!

柳家 さん花
2025/10/13

「くだらな観音菩薩」 第5回
五劫思惟阿弥陀如来
~世界は、もっと面白く変えられるよね!

林家 きく麿
2025/09/16

「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第3回
言霊のブーメラン
~上方落語の打ち上げよ、永遠なれ!

桂 三四郎
2025/09/25

「朝橘目線」 第6回
サイゼリヤ ガストジョナサン バーミヤン くら寿司あとは鳥貴族など
~この国に生まれて良かった

三遊亭 朝橘
2025/10/08

「令和らくご改造計画」
第三話 「内輪ノリ」
~またも前座が楽屋を混乱に陥れる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/10/12

「まだ名人になりたい」 第5回
秋白し
~私は秋の名物に「発情期の鹿」を加えたい!

柳家 さん花
2025/10/13

月刊「シン・道楽亭コラム」 第6回
上方落語を聴く旅 ~服部の大阪旅行記
~動楽亭、百年長屋、猫も杓子も、ハルカス寄席、ツギハギ荘、そして天満天神繁昌亭!

シン・道楽亭
2025/10/10

「令和らくご改造計画」
第二話 「集まれ! 蘊蓄おじさん」
~落語の未来を守るため、前座が立ち上がる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/09/12

「令和らくご改造計画」
第一話 「危機感をあなたに」
~笑撃のストーリーが今、始まる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/08/12

「ラルテの、てんてこ舞い」 第4回
ミャクミャクに翻弄される日々
~果てしない行列の、その先にあったもの

ラルテ
2025/10/11

「噺家渡世の余生な噺」 第6回
“施設長X”の献身
~架空の介護施設を舞台にした超短編小説

柳家 小志ん
2025/10/14

シリーズ「思い出の味」 第13回
二つの乳に育てられし
~木綿豆腐、絹ごし豆腐、豆乳、絹揚げ、おからの炊いたん!

月亭 天使
2025/10/15

「くだらな観音菩薩」 第6回
鑑真和上
~そう、諦めちゃあいけないんだ

林家 きく麿
2025/10/16

「朝橘目線」 第6回
サイゼリヤ ガストジョナサン バーミヤン くら寿司あとは鳥貴族など
~この国に生まれて良かった

三遊亭 朝橘
2025/10/08

「令和らくご改造計画」
第三話 「内輪ノリ」
~またも前座が楽屋を混乱に陥れる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/10/12

「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第3回
言霊のブーメラン
~上方落語の打ち上げよ、永遠なれ!

桂 三四郎
2025/09/25

「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第11回
伝統を纏い、革新を語る 神田陽子(前編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー

瀧口 雅仁
2025/09/27

「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第6回
ビール飲み干し、そしてわたしに秋が来る
~時にヒリヒリ、時に爆笑の舞台裏

東家 千春
2025/10/03

「浪曲案内 連続読み」 第5回
君は『浪曲天狗道場』を知っているか
~浪曲の「素人のど自慢番組」がラジオを席巻した時代

東家 一太郎
2025/09/15

「かけはしのしゅんのはなし」 第4回
「カケハシ」に行ってきた! ~名前にまつわる小さな冒険
~新宿の絶品スパゲッティ

春風亭 かけ橋
2025/09/18

「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第4回
〈書評〉 悪いものが、来ませんように (芦沢央 著)
~壊れゆく絆と親子の愛

笑福亭 茶光
2025/09/30

「エッセイ的な何か」 第4回
9/3は、睡眠の日 →電車で寝過ごしてしまった男の恥辱
~ジーンズ一枚、上半身裸のまま楽屋入り!?

三笑亭 夢丸
2025/09/23

「マクラになるかも知れない話」 第二回
栗と私
~栗から考える人生の機微

三遊亭 萬都
2025/09/24

「令和らくご改造計画」
第二話 「集まれ! 蘊蓄おじさん」
~落語の未来を守るため、前座が立ち上がる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/09/12
編集部のオススメ

「伯知の日本酒漫遊記 ~酒は“釈”薬の長」 第3回
三合目 ~京都漫遊記 〈壱〉
~幕末ロマンと伏見の名酒

松林 伯知
2025/10/01

「マクラになるかも知れない話」 第一回
夏の日の少年
~僕たちは、小さな冒険者だった

三遊亭 萬都
2025/08/24

シリーズ「思い出の味」 第11回
食べ物が詰まった、師匠桂三金の思い出と棺桶
~焼肉は落語

桂 笑金
2025/08/17

「令和らくご改造計画」
第一話 「危機感をあなたに」
~笑撃のストーリーが今、始まる!

三遊亭 ごはんつぶ
2025/08/12

「二藍の文箱」 第3回
前座見習に師匠見習
~今年の春、弟子を取った

三遊亭 司
2025/08/02

「くだらな観音菩薩」 第2回
阿修羅
~私は良い人なので、お気軽に話しかけてくださいね!

林家 きく麿
2025/06/16

月刊「シン・道楽亭コラム」 第2回
席亭への道 ~服部、落語に沼る人生
~還暦過ぎからが人生

シン・道楽亭
2025/06/10