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はじまりはいもや

シリーズ「思い出の味」 第2回

はじまりはいもや

今も思い出す、懐かしい料理の味と、かけがえのない時間の記憶

三遊亭 ときん

執筆者

三遊亭 ときん

執筆者プロフィール

吉田少年、いもやに出会う

 天婦羅が好きだ。

 「吉田、いもや行こうぜ」

 部活終わりに先輩に誘われたのが始まりだった。

 通っていた高校は神保町に程近く、帰りに時々寄り道して遊んだ馴染み深い街。神保町、楽しいよね。路地一本入るとまた雰囲気も変わって、ちょっとした探検をしている様だ。そして個性的な店が多い。ここいらが神保町の独自性を主張している。

 まさか将来、その街で開店した「らくごカフェ」で第二の青春を送ろうとは、当時の吉田少年(私のこと)はまったく想像もしていないのではあるが。

 『いもや』に行く道すがら、どんな店なのか聞けば天丼屋なのだとか。天丼? そこはかとない不安。高級料理じゃないの天丼。高校生だし、奢ってくれるのかな? いや、先輩もお金持ってそうにない。そしてご多分に漏れず、オイラもない。

 逃げる言い訳を考えてるうちに、神保町のやや水道橋寄り、白山通りに面した店に着いた。そこは至ってシンプルな店構え。格子戸に「天丼500円 えび天丼750円」と紙が貼られていた様な。そして暖簾は、歴史を感じる白地の布に黒々と『いもや』の文字。500円? 天丼が? 嘘だろ? ファーストインパクト強力。

 曇りガラスの戸を開けると、店内は和を体現した品の良い、それでいて大衆的な雰囲気。Lの字型の白木のカウンター、その中にごま油を湛えた大きな天婦羅鍋と天粉(衣)と天種。至ってシンプル。そして、天婦羅鍋の直ぐ脇に大きな木のお櫃。そこから湯気の立つ純白のご飯を手際よく丼によそっていく。

 小さな店内。壁伝いに、順番を待つ大人たちが天丼を頬張るお客さんの背中越しに職人さんの無駄のない仕事をじっと見詰めている。BGMのない空間に、シワシワと天婦羅の揚がっていく音のみが囁くように聞こえ、立ち込める香ばしいゴマの香りは食欲を刺激し、まだかまだかと仕上がりを待つお客の心地よい緊張感が漲る。