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講釈師夏物語
シリーズ「思い出の味」 第7回
- 連載
- 講談
大丈夫かな……
この年の8月上旬は、昨今のような猛暑日が続出していました。街の温度計には、連日のように37度、38度と表示されています。
運が悪いのか、この年の「怪談コース」は歴代でも稀にみる、怪談スポットを歩いて回る内容でした。朝の9時半に東京駅を出発し、小伝馬町牢屋敷→南千住(回向院・首切地蔵)→昼食(鶯谷の笹の雪・講釈一席)。午後は、全生庵の幽霊画鑑賞→上野公園を約90分散策→将門の首塚→東京駅到着という過酷なコースです。
上野公園の90分散策は、壮絶なものでした。「はとバスとは言いながら、歩いてばかりだ」というお客様の恨み節を何度聞いたことか!
そんな2010年8月のある日、私は「怪談コース」のバスに乗るため、自宅を出ました。地下鉄丸ノ内線車内のモニターに映る天気予報では、今日の最高気温は37度。前日に38度を体験したためか、地上に出るとなんとなく涼しく感じました。
いつものように乗り場に到着したことを、はとバスのスタッフに伝え、すぐさま待合室に入って涼を取ります。やがて出発10分前になると、怪談コースの黄色いバスがバス停に着きました。
私は待合室を出ると、運転手さんに挨拶をして簡単な打合せします。あとはガイドさんが来て、この日の乗客数を教えてもらえば、私の準備は完璧です。
ところが私の前に現れたガイドさんの姿を見て、私は一抹の不安を覚えました。そのガイドさんは大変にふくよかな方で、何もしていないうちから、顔は真っ赤で額には汗が浮かんでいます。
「この人、大丈夫かな……」
これが、この日の始まりでした。
午前の行程が無事に終わり、昼食の笹の雪(豆腐料理)に到着。食事と講談を済ませて、午後の行程がスタートします。
全生庵では、三遊亭圓朝の墓参りを済ませた後、幽霊画の鑑賞。エアコンがよく効いた部屋で猛暑から逃れたお客様たちは幸せな顔をしていました。この後、地獄の上野公園が待っているというのに……。