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講釈師夏物語
シリーズ「思い出の味」 第7回
- 連載
- 講談
思わず「あっ!」
谷中霊園入口付近からバスに乗り、上野公園までは10分程度の道のりでしょうか。東京国立博物館前でバスを降りると、そこからは90分の上野公園散歩です。
私が先頭に立ち、上野公園の怪談スポットを案内して歩きます。もちろんゆっくり歩きます。それでも暑さと疲労により、当然ながらお客様の列は徐々にタテ長になってきます。私から最後尾までは、30メートル以上離れているので、全員が揃うのに2分近くかかります。
こうして、休み休み最後の怪談スポットを案内してバスの乗車地点にたどり着きました。黄色いバスを目にしてホッと一息。しかし、後ろを振り返った私は、思わず「あっ!」と小さな声をもらしました。
それもそのはずです。アテンドしているはずのガイドさんがお客様にアテンドされているではありませんか! お客様に両脇を抱えられるようにして、私の前に現れたガイドさんの顔は風呂上がりの赤鬼のように赤さを増して、玉のような汗が噴き出し、呼吸も荒くなっています。
私の悪い予感は的中しました。「ガイドさん、もう何もしなくていいですよ。涼んでいてください」と言った私を見つめるガイドさんの目は、まるで仏を見つめるよう。ガイドさんの代わりに運転手さんがお客様が全員揃っているのを確認して、黄色いバスは上野の山を後にします。
幸いにも最後の見学地(将門の首塚)は、降車地点の目の前にあるので、ご案内も滞りなく終わり、バスは東京駅に戻りました。
この頃には、ガイドさんも元気を取り戻し、私、運転手さんの三人でお客様を見送り、私もお二人に別れを告げ、家路を急ぎます。
ところが炎天下を歩き回り、約7時間近くしゃべり続けた私の身体は、まるで千日回峰行を成し遂げた阿闍梨(あじゃり)のように、水分、塩分が足りなくなり、疲労感に襲われます。
すぐさま改札付近にある売店でスポーツドリンクを購入し、その場で飲み干しました。そして丸ノ内線に乗り池袋へ。西武池袋駅からひばりヶ丘までは急行で20分ほどかかります。
ホームで座れる電車を待ち、無事に着差。座った途端に安らかな眠りに就くのはいつものことです。この日も爆睡でした。夢を観たかは憶えていません。観たとしたら即身仏になる夢でしょう。
石神井公園駅辺りで目を覚まし、寝過ごすこともなく、ひばりヶ丘駅に到着しました。