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講釈師夏物語

シリーズ「思い出の味」 第7回

身体を走り抜ける衝撃!

 駅から自宅に向かう道すがらに、ラーメン二郎・ひばりヶ丘店があります。数ある二郎の中でも一二を争う名店で、行列が絶えたことがありません。私も大好きです。当時は週イチで通っていました。

 「この時間は混んでるだろうな」

 こんなことを思いながら店のお前まで来てみると、な、なんと行列が見えないではありませんか! 店の中を覗くと空席が目立ちます。

 私は「ミラクルが起きた。奇跡だ!」と神仏への感謝とともに、「塩分、脂、塩分」と小声で呪文のように呟きながら、食券という御札を購入し、祭壇に供え、席に着きます。

 暫くの間は、瞑想の時間。祭壇の奥には、食べるとハッピーになる白い粉末がこんもりと盛られています。その粉末を丼に移し、生贄の血のようなドス黒い液体と、地獄の釜から掬い上げた液体を垂らしていく。祭主自らが調合したスープの出来上がり。

 「もうすぐでハッピーになれる……」

 私は再び瞑目。その時、私の頭上から「ニンニク入れますか?」という神の声が聞こえます。私は間髪入れず「ニンニク少し、辛めで」と答えます。

 やがて目の前に現れたのは、冠雪の富士のような神々しい一杯のラーメン! 作法にのっとって手を合わせ、両の親指と人差し指の間に箸を挟んで一礼。おもむろに箸を割り、絶妙にブレンドされたモヤシとキャベツの山を崩して食べやすくします。

 いつもなら、ここで一気に麺に突入を試みるのですが、この時ばかりは「塩分」です。まずは一口、スープをすすります。途端に頭の先から足の爪先まで、ビーンと走り抜ける衝撃! 身体の隅々にまで、塩が浸透していくのがよく分かります。

 私は思わず心の中で「う……美味い、美味すぎる」と何処かの名物饅頭のCM的なことを呟いていました。そして私は「今日なら、このスープを飲み干すことができる」と思ったのです。

 恥ずかしながら、私はそれまで一度として、ラーメン二郎のスープを完飲したことはありませんでした。しかし、「今なら、今日なら……」と思うほど、この日のスープはとてつもなく美味かった!

 もちろん、店にしてみればいつもの味です。しかし、疲れ果てた修行僧のような私には、とてつもなく美味く感じられたのでした。