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講釈師夏物語
シリーズ「思い出の味」 第7回
- 連載
- 講談
未完の夢
私は、いまだ見たことのないラーメン丼の底に思いを馳せ、猛然と麺と野菜に食らいつきます。
それから麺を食べ終わるまでのことは、思い出せません。気がつくと麺と野菜はなくなっており、私は、箸の先で少なくなったスープの中をさらって麺と野菜の残骸を集め、口の中に入れました。
最後に残されたスープは、千利休がもてなしの心を込めて立ててくれた御抹茶のようです。私は、両の手のひらで丼の端を持つと、10センチほど浮かせ、右に3回、左に2回と静かに廻しました。
丼の中では、小さな渦潮が静かに止まろうとしています。水面には、小さくすりおろされた脂が私に完飲されることを喜ぶようにプルプルと震えています。
「待ってろよ、脂。今、望みを叶えてあげよう!」
私は丼の端に口をつけ、そのままスープをズ~ズ~と、二口すすりました。スープは、食道を突き進んでいきます。
「さぁ~、三口目!」
そう思った途端でした。私の脳内から「ダメだ、これ以上は危険だ!」というシグナルが灯り始めます。
私は静かに丼をテーブルに着地させると、かたわらに置いた黒烏龍茶を一気に飲み干しました……
「今日もダメだった」
そう思いましたが、得体のしれない満足感に包まれ、ラーメン二郎・ひばりヶ丘店を後にしました。この日のラーメンこそ、私が生涯食べたラーメンの中で、間違いなく一番だと言えるものでしょう。
「きっと、次こそは完飲できる」
根拠のない自信が私の心に宿りました……が、私は今でも完飲することはできていません!
(了)