自己紹介 ①

三遊亭朝橘の「朝橘目線」 第3回

自己紹介 ①
三遊亭 朝橘

執筆者

三遊亭 朝橘

執筆者プロフィール

申し遅れました

 今回で第3回目の連載になります。文章を綴ることはとても好きです。人前で話すのと違い、じっくり推敲してから発信できますし、稼業である落語の口演より楽しいと思うこともあります。

 その高揚感からつい、第1回・第2回と駄文を書き殴ってしまいましたが、よく考えてみると私をご存じない、お会いしたことのない方も大勢いらっしゃるのではないかと。初めて行った仕事先で何の自己紹介もせず、いきなり落語やり始めたようなもので、不躾な自分を恥じております。

 この連載で私のことを知っていただき、それを以て私の高座への導線とすることができたら、こんな嬉しいことはありません。未対面の方にも、私のことを既によくご存じの方にも、改めて自己紹介をさせていただきたく、本稿を記します。

 1978年10月8日、日曜日。ちょうど16時頃。静岡県沼津市で生まれました。男二人兄弟の長男です。逆子だったそうです。非常に難産だったと、何度も母から聞かされました。そう言われましても。そして出産の時、父は麻雀に興じていたことも同じくらい聞かされました。そう言われましても。

 私には現在、6歳と4歳、娘が二人おりますが、長女の出産にはきちんと立ち会いました(次女の時はコロナ禍で病院に入ることもできませんでした)。そうしないとどんな目にあうか、予習できていたおかげです。

 父は公務員、母はその頃は専業主婦で実家も近く、育児に専念できる環境だったのだと、子育てをするようになってそれを理解し、羨ましく思う今日この頃です。当時は、そういう家庭の方が多かったのかもしれません。

 保育園に入れるのが当たり前の現代社会では無理がある三世代同居か、せめて親と近距離別居くらいの方が育児には望ましいと思います。幼稚園には、年中から入園しました。お遊戯会では、主役級を任される子だったみたいです。

 自分で言うのもなんですが、その頃の私は非常に可愛く、贔屓などはなかったと思いますが、ついメインキャストにしてしまいたくなる子どもだったのでしょう。ビジュアル面に関して言えば、間違いなくこの頃が私のピークです。泣きたい。