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理想のパスタ
シリーズ「思い出の味」 第8回
- 連載
- 落語

今も思い出す、懐かしい料理の味と、かけがえのない時間の記憶
落語家の好物は寿司か蕎麦?
食べ物の好き嫌いがない。
これは唯一と言っていい、私の自慢。ほかに何一つ誇れるものはないが、「好き嫌いはありますか?」と聞かれて「一切ありません」と答えると、誰もが褒めてくれる。
本当に嫌いな食べ物は一切ない。この世の食べ物は、私の中で「好き」か「食べたことない」に分類されていた。
「ていた」だ――。
ある日、この話を聞いた友人に次のようなことを言われた。
「全部好きなのは、全部好きじゃないのと同じことではないか?」
確かに。好き嫌いがないというのは、好きも嫌いもないということだ。全部「普通」ということだ。そこで「好きな食べ物は?」と問われた時は、「何でも好きです」ではなく、なんとなくではあるが「すし」と「焼き鳥」と答えることにした。
しかし、友人の追求は続く。
「それは一度にいろいろな味を楽しむことができる“システム”が好きなだけで、味の好き嫌いではないのではないか?」
確かに。好きな食べ物は何かと聞かれた場合、本来は単品の味について言及すべきだ。一旦、なぜこんな面倒な人間と友人なのかは置いておく。私はどうも食べることは好きだが、味について深く考えていなかったようだ。
そんな自分にグッバイ。私は、胸を張って「これが好きだ」と言える食べ物を探しはじめた。
しかし、これがまた難しい。一度、お酒の席でお客様から「好きな食べ物は何ですか?」と聞かれたことがある。
どうもこのお客様としては、この人は噺家なのだから、好きな食べ物は「すし」か「そば」ということになるだろう。そして、やはり噺家なのだから、寄席の近くにうまいすし屋かそば屋の一軒くらい知っているだろう。それを教えてもらって今度寄席の帰りに寄ってみようかな。こういう魂胆だったらしい。
「萬都さん、好きな食べ物は何ですか?」
「ケバブです」
がっかりさせてしまった。一時のマイブームやなんかで適当に決めるわけにもいかないようだ。