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小じかの一歩目 (後編)

鈴々舎馬風一門 入門物語

馬の一門に鹿が誕生

 それからしばらくの月日が経ち、私は改めて師匠のもとに弟子入り志願に赴いた。

 志願した時の師匠のことは、忘れない。「やっぱり来ちゃったか」というような顔をしていた。たぶん。どう思っていたかという話は直接聞いたことはないので、二ツ目、真打になった時に改めて聞いてみることにしよう。師匠は、私のお願いに対して、しばらく考えて「じゃあ今度は、親を連れて来なさい」と言っていただけた。

 そこからは日を改めて、師匠と私、両親を交えての面談があった。両親は「芸人になるからには勘当同様の気持ちで送り出すつもりです」と強く言っていて、師匠のほうが「そう言わず、何かあった時は助けてやって……」というような感じだった。

 入門を許されてからの生活は、瞬く間に過ぎていった。兄弟子たちから着物の畳み方や、太鼓の叩き方、楽屋働きで必要な基礎を教わり、師匠からは落語を教わった。そして、慣れないことで忙しくしているうちに楽屋入りが決まったりと、自身の状況が目まぐるしく変わっていくような状態だった。

 楽屋入りをするためには、芸名をいただかなくてはならない。うちの一門は皆、大師匠である馬風から名前を頂戴することになっている。私も例に漏れず、大師匠と大師匠のおかみさんに名前を考えていただいた。

 師匠と共に大師匠のご自宅にお伺いする。師匠に弟子入り志願した時とはまた違った緊張感だ。朝に伺ったため、おかみさんが朝食を用意してくれていた。挨拶も早々に、朝食をご馳走になる。たくさんの料理が並び、それを一心不乱に食べた。お腹いっぱいの状態からもう一段階食べた。美味しかった。これはただの感想である。

 朝食が済むと、師匠が大師匠とおかみさんに名前の話を切り出す。色々な話をしたが、「高座名は名前と見た目にギャップがあったほうが覚えてもらえるだろう」ということで、「小じか」はどうだろうということになった。

 最初、その名前を聞いた時は、「馬が付かないのか」と思ったのが正直な感想だ。しかし、今となっては愛着のあるいい名前だ。馬の一門に鹿がいるというのは、名は体を表すというか、なんとも洒落が効いている名前だ。