道灌、あたま山、芝浜

林家はな平の「オチ研究会 ~なぜこのサゲはウケないのか?」第1回

一席目 『道灌』 ☆

■あらすじ

 隠居のもとを訪れた八五郎(はちごろう)、世間話をしているうちに、隠居の趣味が絵だとわかる。八五郎、ふと「屏風の絵は何か」と尋ねると、隠居は「太田道灌(おおたどうかん)の逸話を描いた絵」だと言う。

 狩りの途中で雨に降られた道灌が貧しい一軒家を訪ねる。雨具を借りたい道灌に、そこに住む娘は、山吹(やまぶき)の枝を差し出して頭を下げた。意味がわからず戸惑う道灌に、家来が「『七重八重(やえななえ) 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき』という歌を踏まえ、『実の』と『蓑(みの)』を掛けて貸す蓑、つまり「雨具がない」と娘は言っているのではないか」と説明する。これを聞いた道灌は、「世は歌道(かどう)に暗いのう」と嘆き、後には大歌人となった。

 それを聞いて感心した八五郎、隠居に歌を書いてもらい、家に帰って誰かが雨具を借りに来たら、その歌で断ってやろうと考えるが……。

■オチ

 家に帰ると、よい塩梅に雨が降ってきて、そこに男が入ってくる。しかし、その男は合羽(かっぱ)を着ていて、提灯を借りたいという。困った八五郎は、「雨具を貸してくれと言えば、提灯を貸してやる」と言い、急いでいるその男はそれに従い、「雨具を貸してくれ」と言う。八五郎が例の歌を見せると、男はまともに読めない。代わりに読んでやると八五郎が、

八五郎 「それはな、七重八重、花は咲けども……山伏と味噌一樽と鍋と釜敷きだい」
男 「なんだそりゃ、お前の考えた都々逸(どどいつ)か」
八五郎 「都々逸? これを都々逸なんてぇところをみると、お前もよっぽど歌道に暗れえなあ」
男 「おう、角(かど)が暗れえから提灯、借りに来た」

■解説

 「歌道」と「角」が掛かっている。韻を踏んで終わる、いわゆる「洒落オチ」の代表のような噺である。一般的に有名なネタではないが、落語家の中ではスタンダードナンバーである。理由は明白で、「柳家」の前座が最初にやる噺だからである。落語協会において、柳家は最大派閥で人数も多い。なので必然的に『道灌』のやり手が多くなる。

 しかし、二ツ目以降になっても『道灌』を得意なネタとして振り回す落語家は少ない。理由は簡単で、難しいからである。難しいとは「あまり受けない」という意味にもなる。

 隠居と八五郎が会話するだけの噺は、ほかにもあるが、この噺の内容はいたって地味だ。太田道灌という一度は聞いたことがありそうな名前だけど、誰もが知っているかと言えばそうでもない偉人を扱っていて、かつ歌の文句もほとんど知らない。そんな題材を扱っているので、全体的に堅い空気がこの噺には漂う。

 ただ、この『道灌』には、落語にとって大事な要素がたくさん詰まっている。落語によくある筋に「オウム返し」がある。教わったことを試そうとして失敗する流れは、落語の中では一番多いかもしれない。

 その代表的な『道灌』には、落語の基礎的な要素が散りばめられていて、これを前座の頃に覚える落語家は多い。だけどやっぱり難しい。そこがこの噺の面白いところなのかもしれない。