日本海のエセ貴族 〈その1〉

神田伊織の「二ツ目こなたかなた」 第3回

二ツ目3年目

 目がさえてしまって、もう眠くならなかった。手足を思い切り伸ばして「あー」と言ってみる。

 この8日間で取り組みたいことはいくつもあった。新たなネタを覚えたい。月末の会で予定している長講に向けて、ネタをさらっておきたい。来月ネタおろし予定の演目の台本を作りたい。ゆっくりと本を読みたい。好きなだけ寝たい。

 東京にいるときは、ずっと日々の仕事でてんてこ舞いになっているから、落ち着いて我が身を省みて今後の方針を立てたり、何か新たな企画を生み出したりもしたかった。そういうことは、ぼんやりと過ごせる暇な時間がなければできない。

 3年近く前、二ツ目に昇進する直前は、あれこれと計画を立てたものだった。今後どうやって活動していくか。どんなネタを覚えるか。そもそも講談師で、どうやって食っていくのか。

 何の見通しもないけれど、夢を膨らませて計画を練ることは、底辺の前座の身にとってこの上なく楽しかった。

 誰もやっていないような新しいことをしてみたかった。講談の持つまだ見ぬ可能性を存分に開拓したかった。独自に活動して、今いる講談ファンだけに頼らず、ゼロから新たなお客さんを作ることが、自分の暮らしを成り立たせるためにも、講談界の未来のためにも必要に思えた。

 それから3年近くが経った。3年前に計画したことは、たいていは想像と違う方向に進んだ。いざ取り組んでみたら、まるで成果が期待できずにあきらめたこともあれば、予想外にうまくいったこともある。

 無我夢中で取り組むうちに、自然と仕事の種類が定まってきて、数カ月先までやるべきことがおおよそ決まってくると、目の前の課題をこなすことに必死になり、今の自分のあり方やこの先のことを改めて考える余裕がなくなる。

 このところすっかり持てずにいたそういう熟慮の時間を、この豪勢な8日間に作りたかった。