泣きっ面にアイツ

「まだ名人になりたい」 第3回

ひとつだけ残った景色

 私だって、汚いものや臭いものは嫌いだ。それでも日々、私の中から出てくる。私から出てくるものの中で、アイツより卑しいものはないかもしれない。

 そのアイツが、いつも黙って側にいて「何でもないさ」という顔をしている。アイツの卑しさほど普遍的なものを私は知らない。いつも卑しくいてくれて、ありがとう。遠くのゴッホより、近くのアイツだ。

 いや待てよ、昔、アイツは肥料になるから溜めて売っていたんだ。価値があったんだ。そんなにずっと卑しかったわけじゃないのか? お前もか! ゴッホに続いてアイツまで私の元から離れていく。

 いや違う。変わったのは私だ。以前の私ならアイツの歴史を遡り、無敵の卑しさにケチをつけるようなことはしなかった。今の私には、ゴッホもアイツも必要ない。

 もう大人になったのだ。

 ゴッホが残した熱い思い、アイツがくれたあのまなざし。ジブリごめん。そうやっていろんなものが過去になり、色褪せる中、言葉にできなかったあの景色だけが変わることなく目の前に広がる。

(毎月1日頃、掲載予定)