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理想のパスタ
シリーズ「思い出の味」 第8回
- 連載
- 落語
田舎者、原宿に降り立つ
そこで今回のテーマ「思い出の味」だ。心の中に深く刻まれた味を思い出すことによってこれからの好きな食べ物探しの方針ができるかも知れない。そう考えて振り返った時、私の脳裏にある「味」が鮮明によみがえってきた。
大学生の時、ひょんなことから女性と二人で食事に行くことになった。まぁデートだ。田舎から出てきたばかりの私はおしゃれでおいしい店など一軒も知らなかったので、そこは女の子に選んでもらった。
「じゃあ原宿で」
しまった、と思った。私のような田舎者が原宿だって? 当時の私は原宿とは裏原宿という犯罪都市への入り口で、古着とベアブリックに支配された街だと信じて疑わなかった。女の子は、東京の生まれだった。
「東京と言っても、町田だよ?」
その照れ笑いの意味も当時の私はわからなかった。正直なところ、原宿なんて行きたくないと思ったが、店を決めてくれと言っておいて、いざ決めたら拒否するというのはいただけない。
結局、選んでもらった原宿のパスタ専門店へと出かけていった。
店は、いかにも原宿らしい構えをしていた。あえて統一していないバラバラの色や形をした椅子。ポップな落書きだらけの壁に飾ってある穴の開いたジーンズ。入り口には、巨大なベアブリック。
ほうら、おいでなすったぞ。私は少し肩に力が入ったが、女の子に緊張していることを気取られないように振る舞う。
その店はパスタを注文する際、麺、ソース、具、トッピングにいたるまで、すべて客側が選んで“理想のパスタ”を作ってくれるという原宿っぷりだった。
女の子はすらすらと注文を済ませる。私は少しひるんだが、ここでまごまごしては格好がつかないので、とりあえず目についたものをよくわからないまま注文した。
なんとか注文をスムーズに終えることができた。いまだ原宿の空気は緊張するが、なに、落ち着いて会話に集中していれば、じきパスタは来る。