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一合目 ~日本酒飲みの生い立ち~
酒は“釈”薬の長 ~伯知の日本酒漫遊記~ 第1回
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- 講談
鶴齢が変えた一夜
かくして、芸の肥やしとすべく、勉強のためにと居酒屋へ行き、日本酒を飲んだのが、初めての出会いだった。しかもその時、お店がオススメで出してくれた酒が、新潟の鶴齢(かくれい)。キンキンに冷えた鶴齢の美味いこと美味いこと。
しかも不思議なことに、ビールやカクテルと違って日本酒はいくら飲んでも気分が悪くなることもなく、むしろ体調が良くなっていった。
「どうやら、自分の身体には日本酒が一番合うらしいや」
芸のための勉強と試してみた酒が大正解。とにかく感動していたら、そばに居た店員さんが、「美味しいでしょう! 新潟はね、米どころだし、水もいいし、ほかにも八海山や越乃寒梅とか、美味しいお酒が一杯……エッ 知らない? 飲んだことないの? そりゃあイイね、これから楽しみが沢山あるよ!」と笑いながら話しかけてくれた。
そんなことを言われたら、ますます日本酒を飲んでみたくなるもの。
「よし! これからはカクテルはやめだ、日本酒を飲もう!」
かくして一夜にして、日本酒党に相成ったのである。
それからまた、御馳走になる時、出された酒にも驚かされました。それはびんの栓を抜くとお酒の泡が吹き出したからです。これは今は日本でも珍しくないビールだったのです。
~『少年少女教育講談全集』福沢諭吉 より~
日本酒に憧れる前座
それから3年ほど経ち、狂言の次は講談の道へ。神田紅に入門し、日本講談協会と落語芸術協会の両協会で、前座としての楽屋修行が始まった。
この前座修行のうち、私がとても苦手としたのが“打ち上げの場”だった。気働きをせねばならないのはもちろんなのだが、問題はそこではなく、その場で飲む飲み物のセレクト、これに非常に困ったのである。
自分の前に立ち塞がった敵、それは、いつのまにか当たり前となった日本人の謎の慣習「とりあえず ビール!」、これである。
かといって、前座なのだから酒は飲めないだろうと思われるかもしれないが、この当時から師匠方は優しく、「最初の乾杯くらいは、前座さんたちも飲みなさいよ。飲みたいでしょう」と勧めてくれるのだ。

なんという優しさ、なんという慈悲、周りはもう大喜びである。ところが自分はそうはいかない。悪酔いをするため、ビールが飲めない人間なのである。
ビール以外なら……そう、日本酒なら……日本酒なら飲みたい! しかし前座の身分で「ビールなんて飲んでられるか! 日本酒ください!」なんて贅沢が言えるはずもない。
「いやー、お酒飲めないんですよ、なので烏龍茶で」
言ったが最後、そこからひたすらニセ下戸として振る舞うことになったのである。
「サァどうだね、一杯上げようか」
と木の枝に吊るしてあった徳利を外して、かけた茶碗にドクドクとついだ濁酒。
「イヤ儂は飲まぬから……」
「さうかね、毒などは入って居ないが……飲まねえかね」
~『講談全集 第5巻』宮本武蔵 狼退治 より~