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社会派講談の旗手 神田香織(中編)

「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」第6回

戦争の痛みを現代に伝える

香織 ゲンが願っていたことは「俺たちのような目には誰も合わせたくない」。中沢啓治さんの願いがまさにそれです。自分たちがこんな目にあって、しかも被爆した後に差別を受けていて、隠れるようにして生きざるを得なかった。それっておかしいじゃないか。それでも我慢して我慢をしてきたけど、お母さんを火葬した時に骨が残っていなかったことに怒りが湧き出してくる。子どもの頃の記憶をたどるのは大変なことですが、4~5歳の頃の記憶を思い出して、必死になって書かれたのがあの漫画です。

 『はだしのゲン』という作品は子どもが読むとドキドキしながら、戦争について本当によくわかる素晴らしいテキストなんですよね。そうした中沢啓治さんの思いが込められた漫画を語らせていただいているということは、この作品を読み続けることによって、社会構造とか差別される側、抑圧する側、戦争をして金儲けをする人たち、ひどい目に遭いながら、更にひどい目にあっている国民、それが今に繋がっているということがしみじみわかるということ。

 『はだしのゲン』の思いを読むことで、そうしたことを改めて学ぶ機会にもなりましたし、これからも知ってもらいたいので、体力、気力、声が続くうちは語らせていただきたいですし、聴いてくださる方に、被爆した痛み、辛さ、熱さ、その時の匂い、こういうものを追体験してほしいなと思っています。

 つい最近も、講談を終えた後に着替えを終えて受付の前を通ったら、大学生の女の子がずっと泣いているんです。ショックであったというのと、最後に赤ちゃんが生まれるという感動的な場面に触れて、歩けないって。その時にこの人はなんて人の痛みを想像できる優しい人なんだろうと思って、「泣かせてごめんね」っていう気持ちももちろんありますけど、「泣いてくれてありがとう。わかってくれてありがとう。感じてくれてありがとう」っていう気持ちで、思わずハグしてしまいました。