青の深さが教えてくれたこと

シリーズ「思い出の味」 第18回

青の深さが教えてくれたこと

今も思い出す、懐かしい味と、かけがえのない時間の記憶

三遊亭 律歌

執筆者

三遊亭 律歌

執筆者プロフィール

島に心を奪われた私

 旅には、記憶の深いところに沈んでいく味がある。舌に残った一瞬の感覚が、何年も経ってからふいに甦り、胸のどこかをそっと押す。私にとってのそれは、小笠原の「亀の煮込み」だ。けれどその味は、料理という枠には収まりきらない。月の匂い、波の気配、人の声、命の震え ―― それらがひとつに溶けあった、旅そのものの味だった。

 大学を卒業する春、私は初めて屋久島を訪れた。森は深く、湿り気を帯びていた。縄文杉の前に立つと、何百年もの時間が音もなく降り積もり、私の身体の輪郭さえ曖昧にしてしまいそうだった。屋久猿が雨に濡れた枝の上を伝い、鹿がこちらをちらりと見て歩いていく。そのたびに、島の空気が静かに揺れた。

 私は、島というものに心を奪われた。あれは旅というより、ひとつの“目覚め”だった。

 時が経ち、二ツ目になった頃、私は高座のまくらで屋久島の話をした。島が好きだと、ただそれだけを語ったつもりだった。しかし、その言葉を拾い上げた客席の一人が、終演後に声をかけてくださった。

 「小笠原にご縁があるんです。落語会をしてみませんか」

 その一言は、静かな潮だまりに石を落としたように、私の人生に波紋を広げた。

 2013年(平成25年)、初めて「おがさわら丸」に乗り込んだ日のことをよく思い出す。24時間の航海は、時間がゆっくりほぐれていく儀式のようだった。船が波を切る音、風の濃さ、陽が海に落とす無数の金の線。やがて父島が近づくと、青の色がひときわ深くなり、胸の内側がまるで潮で満たされるようだった。島に降りた瞬間、空気が変わった。島の時間は、本土とは別の速度で流れていた。

 小笠原での落語会は、気づけば7年も続いた。2018年(平成30年)には、返還50周年の記念落語会を開催。三遊亭歌武蔵師匠、三笑亭可風師匠、紙切りの林家楽一師匠の背中を舞台袖から見つめながら、私は胸の奥で静かに震えていた。島の人々の笑い声、拍手のぬくもり。あれは確かに“祝祭”だった。

 しかし、祝祭はいつまでも続かない。コロナが世界を覆い、離島は慎重に扉を閉ざした。落語会は休止となり、その間、私は本土で真打昇進の日を迎えた。ところが、小笠原の皆からお花が届いたり、小笠原の村長さんが書いてくださった口上書きのお祝いの言葉をいただいて、遠い海から届いた灯りのようだった。

 私は忘れられていない。
 距離はあっても、縁は途切れていなかった。