来る春や 妻啼き我の 目は涙

「朝橘目線」 第9回

来る春や 妻啼き我の 目は涙

手帳は、ずっと高橋。2015年から大きいものへ移行

三遊亭 朝橘

執筆者

三遊亭 朝橘

執筆者プロフィール

年男、翼を授かる

 話楽生Webをご覧くださっている皆様、あけましておめでとうございます。

 旧年中は徒然なる駄文にお付き合いくださいまして、心より感謝申し上げます。本屋が少なくなったり、ネットでも動画、それもより短い物が良しとされたりと、じっくり活字を読む時間が少なくなっている現代社会。こうした読み物に触れてくださる心豊かな皆様と、共に歩んでいけたら望外の喜びでございます。どうぞ本年も、引き続きご支援のほど、伏してお願い申し上げます。

 さて、令和8年、西暦だと2026年がスタート。私は昭和53(1978)年生まれの午年(うまどし)。年男である。しかも今年はただの午年じゃないみたい。何でも丙午(ひのえうま)という、60年に一度の特別な年とのこと。そもそも午年というのは、躍動・成功・勝負運を象徴する干支らしい。事業発展、努力が実を結ぶ年で、しかも丙午ってのは、その中でも活気があるとか。良いことづくめだ。それで年男とか、もうこれは人生最大のボーナスステージ突入としか思えない。

 雌伏(しふく)の時が長く続いた。かの劉備玄徳の如く。今年、それが至福に変わる。私こと三遊亭朝橘は今年、ただの馬じゃない、羽ばたくペガサスとなるのだ。ペガサスファンタジー。聖闘士星矢だ。人はレッドブルなしでも翼を授かることもあるんだ。

 発言内容が12歳くらいのレベルな気もする。若さを失ってないってことにしよう。今は何事も前向きに捉えることができる。

 この一年を大事に過ごしたい。まずは過去から学ぼう。48年前、36年前はいずれも思い出せない。24年前。2002年は茨城県つくば市にいた。2001年3月、留年するでもなく、きちんと単位を取得し、筑波大学第一学群自然学類卒業後、就職するでもなく、フラフラしていた。新卒フラフラは、今思い返しても相当ひどい。そのまま、年男の2002年は通過。

 2003年の3月、このままじゃまずいと実家に戻った。その後ほどなく、落語なるものと巡り合い、2003年11月に三遊亭圓橘の門を叩く。入門が許されたのは、2004年11月。丸一年かかった。要するに24歳の時は、何もしていない。

 躍動も成功もない。年男の無駄遣いをしていた。