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前座見習に師匠見習
三遊亭司の「二藍の文箱」 第3回
- 落語

27年目の邂逅(画:ひびのさなこ)
涙の圓歌劇団
令和7年4月16日、弟子を取った。
どの落語家も一大決心を決めて、師匠の門を叩く。師匠もそれに応えるべく、覚悟を決めて、弟子を取る。そうして、師弟がそれぞれ覚悟を決めて、師匠と弟子という関係になる。だが、しかし。その割には、平気で酒場で弟子にしてしまうなんてこともある。なんなら、その場で芸名をつけたりして。大師匠三遊亭圓歌にもそんな節があった。
三代目圓歌一門の寄席や落語会の打ち上げは、一門だけになったあとの、小言大会が〆の定番だった。その小言は惣領の師匠歌司から順繰りに降りてくる。再入門で一門となったわたしへは「司は一門ではありません」からはじまり「きょうからお前も一門です」で小言は終わる。わたしだけだ、毎回更新しなきゃいけないのは。
座興にしろ、その場で会ったひとを酔いにまかせて「お前も弟子にしてやる」となるが、わたしはその都度更新されなければ一門にはなれなかった。どうやら一門の直系になると、そこで泣き声のひとつも出すのが定番らしい。入門して割と早い段階で、それを知った。
小言慣れした師匠歌司は、大師匠に何か言われながらも、わたしに水割りのおかわりを目で催促し、亡くなった若圓歌師匠などは「お前のは声だけで、泣いてません」と嘘泣きを見抜かされていた。三高弟のひとり小歌師匠にいたっては、はなからそのような場所にいたためしがない。
とんだ誕生日プレゼント
わたしは自分の誕生日というものに、ほとんど思い入れがない。祝ってもらうと戸惑ってしまう。キザなわけではなく、誕生日など両親にお礼を言えばそれで終わりだ。
昨年の誕生日の翌日。弟子入り志願の青年は、目の前にあらわれた。誕生日に無頓着なわたしにとっては、とんだ誕生日プレゼントだ。ガチガチに緊張した彼は、一生懸命想いを言葉にして、それを紡いだ。
27年前、田端の師匠宅で桂三木助に想いを伝えたのは、どのような言葉だっただろうか。
「あなたが落語家になれるかどうか、それはわからないが、きょうのこの想いと勇気を持って行動したことを、生涯忘れないように」
そう伝えた。われながらいいことを言うなぁ、と思いながら。あれから3ヶ月。弟子を見ていると、彼がその言葉を覚えているかは、実にあやしい。
ひと通り話を聞いて「一生のことなので、今一度しっかり考えなさい」と伝え、落語を聞かせて帰らせた。帰り際、「昨日、お誕生日でしたよね」と、地元の和菓子屋の菓子折をいただいた。
やはり、とんだ誕生日プレゼントとなった。