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〈書評〉 神田愛山半生記 愛山取扱説明書 (神田愛山 著・瀧口雅仁 聞き手)
杉江松恋の「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第3回
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最もチケットが取れない講談師
私が神田愛山を初めて観たのは、テレビである。
番組名はわからないが、朝のNHKで連続テレビ小説の前枠、ニュースが一段落したところで特集的に長くトピックを流すコーナーがあった。そこに出たのだ。元アルコール中毒の講談師が断酒講談を作って啓蒙活動をしている、ということを紹介する内容だった。
神田愛山は1953年生まれ、二代目として襲名して同時に真打昇進したのは1987年のことだから、私がテレビで見たときはまだ前座名の神田一陽だったかもしれない。
暗いスタジオに愛山が座っていて、彼の周りだけにぼんやりとスポットが当たっている。そして淡々とアルコールの怖さを語るのである。そういう絵面を覚えている。依存症という概念に初めて触れたのはそのときかもしれない。深淵を覗くような、その講談師の表情がとても印象的だった。
神田愛山、最もチケットが取れない講談師と呼ばれて久しい。人気は抜群、持ちネタも多いのに、なかなか大きな会は開いてくれないのだ。入っても50人はいかないというような会場が主戦場だ。演者の意志だから、それは仕方ない。
みんな愛山の会に行くと、次の予約をすぐ取ってしまう。だからなかなか空きが出ないのである。
孤高の芸と内なる葛藤
愛山には自身の依存症時代を振り返った『酒とバカの日々 アル中からの脱出』(木耳社)など複数の著書がある。演芸評論家である瀧口雅仁が構成を務める形で最近刊行されたのが『神田愛山半生記 愛山取扱説明書』(田畑書店)だ。
前半は瀧口による聞き書き、後半は柳家喬太郎との対談など、愛山のさまざまな顔が見えてくる読物になっている。講談にあまり関心がない人でも、愛山が描いた軌跡には興味を惹かれるのではないかと思う。弟子もとらず、かたくなに一人でいることに固執してきた講談師は、何を考えているのか。
本書で改めて公言されているが、愛山は幼少期から強迫神経症に悩まされていたという。ずっと芸人になりたい気持ちがあり、高校3年生のときに二代目神田山陽に手紙を書いて懇願したら、すんなり許可がもらえた。そのときの手紙を山陽は保存していて、真打昇進披露口上で読み上げられたので愛山は仰天したという。
大学に行くつもりはなかったが、東京には行きたかったので駒沢大学文学部に入学、しかし1974年2月に山陽に入門したため、結局は中退することになった。