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時には豆腐のように

「マクラになるかも知れない話」 第五回

時には豆腐のように

題字:三遊亭萬都

三遊亭 萬都

執筆者

三遊亭 萬都

執筆者プロフィール

素っ気なさの美学

 こんにちは。三遊亭萬都です。
 好きな日本語は「ただいま」です。

 急でなんですが、「野晒し」という落語があるのですが。いいタイトルですね。全く今の季節も何も関係ないのですが急に思ったのです。そして思ったことを、そのまま書いてみました。

 「野晒し」

 知らない方は是非、一度聴いてみてください。

 落語のタイトルは元々は決まっておらず、楽屋で先にそのネタが出ていないかどうか確認するために符丁として使っていたものが残ったものだと聞いたことがありますが、それならもっと「子ほめ」とか「三方一両損」みたいに噺のテーマや核心の部分をつけそうなものですがそこを

 「野晒し」

 素っ気なさがいいですね~。かっこいいなあ! そう思いませんか? もし私が「野晒し」の作者だったら「びっくりホネホネパニック!」とかにしてると思います。萬都が作者じゃなくて良かったなあ! そう思いませんか?

 どうでもいいですね。

 今回のテーマは、「湯豆腐」です。

 湯豆腐に出会ったのはいつだったか。小学1年生だったように思う。晩の食卓に湯豆腐は現れた。

 たぶん父が肴にしたかったのだろう。私と母と姉はいつも通りの夕食で、父の前にだけ熱燗と少しのおかずと湯豆腐が並んでいた。父は美味しそうに湯豆腐を食べている。ハフハフ言っている。

 私は湯豆腐を見て思った。

 「なんてつまらない食べ物なんだろう」

 豆腐を湯で煮るらしい。少しの白菜とエノキも入れるらしい。

 具ぅ白っ。

 ポン酢につけて食べるらしい。

 じゃもうポン酢の味じゃん。

 ポン酢に大根おろしも入れるらしい。

 だから具ぅ白っ。

 あれはただの湯じゃなくて、昆布出汁らしい。

 だとて。

 なぜ? なぜお父さんはあんなものを食べているの? もっと美味しいものが世の中にはたくさんあるのに。鳩サブレーとか。知らないのかな? 鳩サブレー。いや、いつも盆暮れに横浜のおばちゃんが贈ってくれるから知らないことはないだろうな。じゃあなんで? たくさん美味しい食べ物はあるよ?

 ………

 罰かな。

まったく関係ないが綺麗に撮れたので見てほしい夕焼けの写真

 なにか悪いことをしたから美味しいもの食べちゃいけないのかな。そうだったらかわいそうだな。あとでこっそりお父さんになにかあげようかな。ねるねるねるねしかないけど。

 大人はねるねるねるね食べるのかな。どうかな。わからないけれど湯豆腐よりはマシじゃないかな。色ついてるし。魔女がイ~ッヒッヒッヒッヒって混ぜてるしな。あと甘いし。

 結局ねるねるねるねは作ったのだが、惜しくなって自分で食った。

 あの日の幼き私よ。おまえは28年後、御徒町のガード下で湯豆腐だけを肴に五合呑む男になる。覚えておけ。