青の深さが教えてくれたこと

シリーズ「思い出の味」 第18回

小さな命たち

 そして2024年(令和6年)、ようやく島へ戻る許しが出た。デッキに立つと、海風が頬に触れた。懐かしい匂いがした。島は静かに息をしていた。落語会は復活し、船内落語、父島自衛隊基地でのボランティア落語も実現した。舞台に立つたびに、私は「ただいま」と言っているような気持ちになった。

 けれど、私の「思い出の味」は、それよりもっと前に生まれている。

 父島の小笠原海洋センターで、私は初めてウミガメの放流に立ち会った。満月の夜だった。月は大きく、海面を銀色に染めていた。砂浜に集まった小学校四年生の子どもたちが、小さな命をそっと両手に包んでいる。ウミガメは驚くほど静かで、まるで月を見上げているようだった。

 子どもたちの合図で、いっせいに放たれた小さな影たち。砂をかく微かな音。あの音を私は、今でも耳の奥で聞くことができる。波の手前で一瞬立ち止まり、ためらい、しかし前へ進む。その姿は、命そのものの表情だった。

 ――どうか、生きて帰ってきてね。
 胸の奥で自然とそう祈っていた。

 その夜の余韻を抱えたまま、私たちは夕食会場へ向かった。島寿司、島野菜、地魚。どれも土地の匂いがして、島の温度が舌に触れた。そして、ひとつの煮込み料理があまりに温かく、深く、驚くほど美味しかった。甘辛くて、柔らかくて、どこか懐かしいような味だった。私は無心に箸を進め、おかわりまでしてしまった。

 その時だった。島の人が笑いながら教えてくれた。

 「美るくさん(当時の私の芸名)、それ、亀の煮込みですよ」

 言葉が胸の奥に落ちていく音がした。さっき見送ったばかりの、小さな命たち。月に向かって進んでいった背中。私はその余韻の中で、彼らの仲間を美味しいと感じていたのだ。

 箸が止まった。笑うべきか、泣くべきか、分からなかった。