バンビ物語 (後編)
鈴々舎馬風一門 入門物語
- 落語
師匠とお内儀さんの温もり
お正月、お中元、お歳暮の時期は、弟子や一門の色物の先生方が大勢集まり、師匠のお宅で食事をします。お内儀さんが腕によりをかけて何品もの料理を拵えて振る舞ってくださる手料理の美味しいこと。大人数分の品数をすべて手作り、大変な労力です。素敵な器に盛りつけられて並べられた様子は、料理屋さんかしらと思うほどでした。
お内儀さんは、日常でも若い子にはお腹一杯食べさせてあげようという親心で、朝から何品も食卓に並びます。師匠は、栄養指導の関係で粗食、弟子はステーキやトンカツなんてこともありました。これじゃどっちが師匠だか分かりません。
春は筍ご飯、秋は栗ご飯と季節感も大事になさっていて、多めにご飯を炊いておむすびをたくさん作り、「前座さんとお囃子さんで食べなさい」とよく持たせてくれました。前座は楽屋働きでいつもお腹を空かせていますから、お内儀さんの優しさを噛みしめながら前座仲間とお囃子部屋で食べたことを思い出します。
今でも師匠宅に顔を出すと、帰りにお内儀さんが「家族で食べなさい」とたくさんの料理をお土産で持たせてくれます。実家にいる時は母親が、今はカミさんが大喜び。おかげで私のポイントも大いに上がりました。
お酒の思い出もあります。師匠宅には高級な日本酒が何本もあり、弟子が来ると惜しげもなく栓を開けてくれます。先代の小さん師匠もお好きだったのが、『スキー正宗 熟成大吟醸・華』。特徴的な瓶に入った高価な日本酒ですが、師匠から「飲んでいいぞ」とお許しをいただき、「これは旨いですねぇ」と、調子に乗ってもう一杯、もう一杯とお代わり。「バカ野郎、安酒じゃねぇんだぞ!」と怒られました。
私は、酒を飲むと陽気になるようで、「お前、酒飲むとおもしれぇなぁ。飲んで高座に上がったほうがいいかもな」と師匠に言われたこともあります。さすがに飲んで上がる勇気はありませんでしたが、酔って騒ぐ姿が面白かったんでしょう。師匠自ら一升瓶を持って「どうぞ、お一つ」と丁寧な言葉でやたらとお酌してくださる。
私は、またしても図に乗ってガブガブ飲み、大きな声でくだらない話をしていると、お内儀さんが「もう帰りなさいッ!」。その姿を師匠がいたずらっぽい顔でニヤニヤ笑いながら見ています。私もその時は反省するんですが、また同じことを繰り返して、度々お内儀さんに怒られました。落語に出てくる酔っ払いの気持ちがよく分かります。
お酒で師匠から教わった言葉です。
「いい酒を飲め。売れていない連中が集まって愚痴を言いながら酒を飲むな。飲む時は小難しい話なんかしないで楽しく飲め。そのほうが身体にもいいぞ」
師匠、そしてお内儀さん。またお酒を飲みに伺います。
(了)