紀尾井町の占い師 (後編)

神田伊織の「二ツ目こなたかなた」 第2回

演奏会の終わりに

 チェロの演奏はまだ続いていた。曲が変わると司会者が簡潔な紹介をして、次々と新たな演奏者が現れた。いずれも、二十一歳で亡くなった前途有望な青年とゆかりある方々のようだった。ひとつの演奏が終わるたびに客席から大きな拍手が送られた。

 このまばゆいばかりの大ホールに、こんなにも多くの出演者と観客が集まって演奏会を実現させ、それはすべてひとりの死者のために行われている。不意にその事実にガンと心を打たれ、人間の尊さを感じた。この世界に文化的営みが保たれていることが、無性に愛おしく思えた。

 やがて終演のときが訪れた。高校時代の先生が舞台上に現れ、来場者にお礼の挨拶をした。つつがなく会が終わり、会場が明るくなる。座っていた人々が立ち上がる。ざわめきが起こり、多くの人の視線が同じ場所へ向けられた。

 なんとはなしにそちらを見ると、二階席の正面真ん中に、やんごとない母と娘が座っていらした。周りにはお供の人々が控えている。一階席のすべての人々がそちらを仰ぎ見て、誰もが事情を察して自然と拍手を送った。入り口の警備が厳しかった理由がようやくわかった。この国の長い歴史と不可分な最も巨大な物語の象徴を急に前にして、目くるめく思いがした。順々に、ゆっくりと頭を下げて鳴りやまぬ拍手にお応えになり、会場をご退出なさった。