NEW

はじまりはいもや

シリーズ「思い出の味」 第2回

職人の舞と丼の小宇宙

 順番が来た。

 よく拭き込まれた滑らかなカウンターに着くと、すかさず熱い緑茶を出されると同時に「お客さん天丼?」と聞かれる。

 『いもや』は、天丼とえび天丼の二種しか品書きがないので、エビの方が良い人は「えび」と言う決まり。基本、お客さんは天丼。『いもや』デビューのあの日は初心だったので、隣の大人が「天丼」と言ったのを真似して「て、天丼で」。

 一通り注文を聞き終わると、職人さんはほぼブラインドでネタを掴み、まず小麦粉で化粧をし、拾い上げると今度は天粉の中へダイブ。そして天粉を滴らせながら、次々と油の中へ放り込んでいく。その一連の流れは無駄がなく美しい。

 銅の天婦羅鍋の茶褐色が、みるみる間に小麦粉と卵を溶いた黄色い天粉色に染まっていく。それは、冬の枯れ木の色が菜の花色に移りゆくかの様で、見ていて心躍る。エビから始まりイカ、キス、海苔、とネタが次々と油へ飛び込む様は、まるでオリンピックのアーティスティックスイミング。

 天婦羅は当たり前の話だが、ネタを放り込むほど油の温度が下がる。それをコンロのコックでガスの量を操りながら絶妙な温度で纏め上げていく。

 天種が油に触れて、天かすが表面に広がっていく時に「シュワーー」と炭酸の弾ける様な軽快な音がし、それがやがて駅で聞こえるざわめきの様な低音に変わる。天婦羅鍋が電車なら、鍋の中はまさにラッシュではないか。
 そうか、そういうことか!
  ……どういうことだ?

 乗せるべき天種がすべて鍋に入ると、今度は丼にご飯を盛る。この時も江戸前らしい細やかな気遣いが。

 「お客さん大盛り?」

 恐らく近隣の学生と思しき人にさり気なく聞いている。『いもや』では、大盛り無料。その代わり残すのは反則。仁義として当然だね。

 注文の人数分のご飯をよそい終わると、菜箸で絶妙な揚げ加減のネタを一つ挟んでは鍋の上で2~3回振って油を切り、そのままご飯の上へ着座。エビ、イカ、キス、海苔と順番に収まる所へ収まって、上から仄かに甘いタレを回し掛けるとカウンターの一段高くなった所に、

 「お待ちどう」

 と置かれて完成。丼という小宇宙に世の理を暗示するかのように見事に配置された天婦羅は、もはや枯山水の庭を眺める様。神保町に小堀遠州が生きていたら、この丼に刺激を受け『いもや』に就職し、違う境地を極め新たな流派を起こしていたかも知れない。
 知らんけど。