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その親子丼に用がある

シリーズ「思い出の味」 第3回

とにかく緊張

 話を戻しましょう。志ん生師匠の家は、(戦後間もない当時の落語家の家は、どこも似たようなものかもしれないですが)前座は師匠とは違うテーブルにつき、ご家族とは別のメニューだったそうです。

 いや、メニューと言えるほどのものじゃなかったんでしょう。昨日の残りのおかずと、冷やご飯に出がらしのお茶をかけたものだったのでしょうか。電子レンジもない時代ですからね。いやはや。

 で、師匠は、それが寂しくて辛くて、「自分は弟子をとったら、同じテーブルで同じものを食べよう!」と密かに決めていたそうです。

 かくして、私たち円菊の弟子は、同じテーブルで食事をいただきました。そのお気持ちはありがたいし、上等なものをいただけて感謝なんですが、顔を突きあわせての食事は、何とも気を使うものでもあります。入門して数ヶ月かは、緊張の至りですしね。

 最初の頃は、師匠もご家族もまだまだお客さん扱いというか、慣れてない若者の私を大目に見てくれてました。「遠慮せず食べなさい」と言ってくれたり、「ほら、アーンして」と言ってくれたり(ウソです)、優しい面もありました。

 ですが、そんなのは、ほんの1~2週間です。すぐに小言が始まりました。「感想を言え」「ニュースを見終わったら、何か思うことはないのか」「気が利かないくせに、メシ食ってクソして帰りやがる」などなど。世に言う針のムシロです。

 前座が荷物を置かせてもらうスペースがあったんですが、そこで一人で食べた方が気が楽です。ですが、師匠の思う通りに振る舞えない私が悪いわけですし、師匠やご家族だって、ご飯は笑って楽しく食べたいでしょう。私がいることでそれが叶わないんだから、今思っても申し訳ない。

 そこで、そのうち喜んでもらえるような話題を準備しては、トライ&エラーを繰り返して、少しずつですが、状況は良くなっていきます。時間はかかりましたが、皆が楽しく過ごせる食卓にはなったんですけどね。なりましたよね、師匠! 兄さん!

 とは言え、まさに他人の飯を食う状態の者としては、「うーむ、食った気がしない」ってことでしょうかねえ。おかわりしてしっかり食べてるのに、満腹感はないのです。

 師匠の家を出て、少し歩くと古い古いパン屋さんがあったんですが、そこでコッペパンみたいなのを二つくらい買って食べながら寄席の楽屋に向かったものです。懐かしい。