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2025年6月のつれづれ(浪曲と地歌舞伎競演、その他さまざまな挑戦)

杉江松恋の月刊「浪曲つれづれ」 第2回

2025年6月のつれづれ(浪曲と地歌舞伎競演、その他さまざまな挑戦)

三人白波の見事な最期に雪が降り積む

杉江 松恋

執筆者

杉江 松恋

執筆者プロフィール

愛知・扶桑町で味わう大衆演芸の魅力

 大衆演芸の話題は、どうしても東京と大阪に偏りがちになる。それ以外の府県でもいい公演があればぜひ紹介したいと思っていたら、ちょうどいいものが見つかった。

 5月18日(日)に愛知県丹羽郡扶桑町で、地歌舞伎の七賀十郎一座と関西浪曲の真山隼人・沢村さくらコンビが河竹黙阿弥作の「三人吉三巴白波」を競演するという興味深い会が行われたのである。さっそく扶桑町まで行ってきた。

 一座の由来になっている中村七賀十郎は、明治から大正にかけて活躍した役者で、扶桑町南山名出身であるという。その業績と歴史を語り継ごうという意図で結成されたのが2013年、翌年3月には愛知県の名鉄ホールで初公演が行われた。

 その後、舞台を現在の扶桑文化会館に移し、小学生から高齢者まで多彩な層の住民が参加する形で活動している。扶桑文化会館には初めて入ったが、常設の花道もあって、非常にいい会場であった。最寄り駅である名鉄犬山線の扶桑駅で降り、文化の小径と名付けられた道をまっすぐ歩けば10分弱で会館に着く。

 途中で同じ方向に歩いている人を多数見たので、盛会なのだろうな、と思った。到着してみてびっくり、500席ほどの1階がほぼ満員である。地元で楽しみにしている方が多いことがわかった。

人情ギャグから雪のフィナーレへ

 隼人&さくらが最近挑戦している、はるき悦巳原作浪曲「じゃりン子チエ」の「チエちゃん登場の巻」から始まった。人情ギャグで会場をわっと沸かせ、温めておいて最初の休憩。

 口上と地元小学生による越後獅子舞を経て、いよいよ本編の開幕である。七賀十郎一座が受け持つのは、上演機会も多い「大川端庚申塚の場」だ。元は小道具商の手代が落とした百両の金を巡り、振袖姿のお嬢吉三、浪人のお坊吉三が争いになる。そこに僧侶崩れのお坊吉三が仲介に入って話をまとめ、三人が義兄弟の契りを交わすところで幕となる。

 二度目の休憩の後、再び舞台は浪曲のしつらえに。「じゃりン子チエ」のときは背景が松だったが、今度は暗幕だ。その後の三人吉三が辿る運命を隼人が語り、見得を切ったところで雪が降る。そこに七賀十郎一座の面々が入ってきて大詰め立ち回りとなり、幕である。

 隼人&さくらにとってこの外題は初演であったはずだし、一座と合わせての稽古も十分にはできなかっただろうから、一発勝負に近い舞台であったと推察する。それにしては見事な決まり方で、足を運んだ甲斐があったと感心したのだった。

 こういう舞台は貴重だし、浪曲という形式は未知の観客にも受け入れられやすいのではないだろうか。さまざまな演目ができるだろうから、地方の団体は浪曲とのコラボレーションを検討してみていただけないだろうか。

 明治後期から戦前にかけての最盛期には、節劇というものがあった。太夫が節と啖呵を唸り、それに合わせて芝居をするというもので、現在も浅草木馬亭で東家一太郎らがときどきこれを再現してみせている。

 現在には現在の節劇というものもありそうだし、ぜひどなたか挑戦してもらいたいものである。