2025年8月のつれづれ(「浪曲陰陽師 琵琶玄象」、「浪曲巷説百物語 小豆洗いの巻」、注目の公演)
杉江松恋の月刊「浪曲つれづれ」 第4回
- 浪曲

写真:橘蓮二
浪曲の新境地! 陰陽師が織りなす幻想の舞台
自分の主催する公演の話から始めることをお許し願いたい。
浪曲の可能性を拡げる試みとして〈Rokyoku Extended〉を提唱してから約1年経つ。節(ふし)と三味線、啖呵(たんか)の三つが鼎(かなえ)のように支え合うのがこの芸能の魅力だが、基本の形を崩すことなく、届く範囲を拡げていけるのではないかと考えた。手法の一つとして選んだのが、世間に周知されている原作の力を借りる、文芸浪曲の取り組みである。
7月12日、小田原市三の丸ホールにて若手のホープ・天中軒すみれが曲師・広沢美舟の力を借りる「夢枕獏・原作 浪曲陰陽師 琵琶玄象」公演が行われた。事前の告知はしなかったが、原作者である夢枕獏氏も来場し、初演を観覧された。
原作は『陰陽師』(文春文庫)の第一話「玄象といふ琵琶鬼のために取らるること」である。帝の宝である玄象という琵琶が盗まれ、羅生門(らしょうもん)の高楼で鬼がそれを弾いているということを源博雅(みなもとのひろまさ)が知る。博雅は親友の安倍晴明(あべのせいめい)と共に羅生門に赴くのである。
本年2月、出来上がったばかりの台本を元に天中軒すみれは本編の試し切りをしているのだが、そのときからは大きく様変わりした。一番違うのは口演のスタイルである。
2月はテーブルに向かってごく普通に唸った。三の丸ホールでは白の狩衣(かりぎぬ)に立烏帽子(たてえぼし)という平安後期以降の下級貴族の衣装、つまり晴明が着ていたであろう服装に身を包んでの舞台となった。衣装を着た自分の姿を見せるためにテーブルを取り払い、いわゆる立体浪曲の形式となった。
この物語には、呪を唱えるときの足運びや鬼が楼観から晴明たちを見下ろす仕草など、目を引く箇所がある。観客の想像力を掻き立てる効果があったと思う。
節も大きく変化した。物語後半の見せ場は、羅生門の鬼と蝉丸法師(せみまるほうし)が琵琶を弾き比べ、博雅・晴明がそれに聴き惚れるという場面である。ここでは三味線が琵琶の役割をしなければならない。試し切りの際も意識してすみれ・美舟は臨んだと思うが、正直そこまで三味線以前の音楽という雰囲気は出せていなかった。
今回の本番に当たり、すみれは楽琵琶の秘曲などを参考資料に挙げ、古代の演奏を連想させる手を新たに作るよう、美舟に依頼したという。奏でられた音色は、見事に琵琶のものだった。それに応えてすみれも、平安の闇から浮かび上がるような幽玄の節を唄いあげたのである。

主催者としては、形を作っただけで後はお任せ。立体浪曲も三味線も、一部の台本改変もすべて考案したのは天中軒すみれである。小田原における一番の功労者は広沢美舟、第二が美舟を動かした天中軒すみれであったと思う。二人の合力が予想外の幻想的な風景を作り出した。
8月9日、コンビは東京都北区王子の北とぴあにて二回目の「琵琶玄象」口演を行う。さらなる進化を遂げていることと思う。心から楽しみにしている。