汗と笑いの物語

入船亭扇太の「お恐れながら申し上げます」 第1回

なかなか消えない記憶

 色々な汗がありますが、冷や汗というのは、いまだに慣れません。生涯慣れることはないんでしょうが。

 前座の頃は、よく冷や汗をかいていました。師匠のお宅を掃除している時に物を壊してしまう、洗い物をしていてお皿を割ってしまう。しくじりがあると、滝のような汗が全身から噴き出します。

 楽屋でもそうです。お茶を間違える、着付けが上手くいかない、高座返しをしくじる。ミスをすると汗が止まらなくなります。

 師匠方の着物を畳むのも前座の仕事ですが、汗が着物に垂れちゃいけません。しくじってはいけないので汗を拭ったりしていると、師匠や兄さんが怪訝(けげん)そうな顔をして私を見ます。より一層緊張します。汗が止まらなくなります。汗を拭います。また怪訝そうな顔をされます。悪循環です。

 そんな中、「落ち着け。なんだったら代わるから」と優しい声を掛けてくれた先輩は、一人もいませんでした。楽屋は厳しい所です。

 今でも冷や汗をかくことは、多くあります。噺を間違えたりすると、脇の下をタラーっと冷たい汗が伝うのが分かります。二ツ目になりましたが、まだまだ叱られることがあります。その時は前座に戻ったかのような大量の汗をかきます。

 汗腺に刻まれた記憶は、なかなか消えないようです。

 去年よりも今年、今年よりも来年と少しずつ冷や汗をかく頻度を減らしていけたらいいな、と思いながら日々を過ごしている二ツ目の雑感でした。ありがとうございました。

(毎月11日頃、掲載予定)