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ちょいもち
桂三四郎の「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第2回
- 落語
期待という名の拷問
「生まれ持ったもの」というのは、努力ではどうにもならない。
持ってない人はとことん持ってないし
「持ちたい!!」と強く願ってみても天が決して持たせてくれない。
だから僕が「もっと持ちたい!!」と願っても、天がちょっとだけしか持たせてくれないのだ。
「全く持っていない人」と「ちょっとだけ持っている人」
これはどっちがいいのだろう?
サラリーマンの方でいうと、年収がある程度上がってしまうと、生活レベルが変に上がってしまって、税金も高くなり
年収が低かった時の方が手元にお金が残っているような状態に近いのかもしれない。
恋愛でいうと、全く相手にしてくれない女性はこっちも元々いなかった存在として扱えるが
ちょっとでも「もしかして」と期待をさせられると諦めるに諦めきれない。
空いてる日にご飯に誘っても、いつもスケジュールが合わなくて「ランチでもいいよ!!」と誘ったが
「すみません、朝から入ってて、終わり0時を越えそうで」
「その日は、ちょっと地方に行ってて」
「朝からお仕事で、多分そのまま海外に向かう感じで」
と忙しさを理由に断られ続けた。
それでも「もしかして」を感じて誘い続け、断られ続けた時にふと彼女のスケジュールをまとめてみると
M-1優勝直後のサンドイッチマンなみに忙しかった。
そんな人間いるわけがないので、全く脈がないなとさすがに諦めたのだけど。
少しの期待を持たせられるというのは逆に残酷なのかもしれない。
そいつ誰やねん!
一昨年末、東池袋から護国寺にかけて歩きながら稽古をしていた。
たまたま気分が乗っていたのか、いい感じに稽古をしながら歩いていると、目の前に体調の悪そうな初老の男性がうなだれながらガードレールを両手で掴み
「はぁぁぁぁぁ~~~~!! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と魂が体から抜け出るような声を絞り出しているのだ。
こんなところでロングブレスダイエットや腹式呼吸の練習をやる人間はいないので、すぐに駆け寄り
「大丈夫ですか?」
と聞くと
「大丈夫です。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」
なぜ、大丈夫じゃない人間は「大丈夫です」って言ってしまうのだろう。大丈夫な人間に「大丈夫ですか?」とは聞かないのに……。
とにかくすぐ救急車を呼び、おじさんは搬送されていくのだけどその際、
「お名前をお聞かせくださいませんか?」
ここで芸名を言うのも見返りを求めているみたいで、やらしいなと思い
「野津(のづ)です」
と、本名を伝えると
「ああ、よづさんですね。はぁあぁぁ~」
「いや野津です」
「ああ、のぶさんですか。ハァァぁぁ~」
と勘違いしたまま搬送されていった。
おそらく帰宅してから「よづのぶお」という謎の人物を検索するに違いない。
誰やねん「よづのぶお」って!!
まあ、一生に一度あるかないかの「名乗るほどのものではございません」チャンスを逃したのだけど
ちらっと振り返るとそのおじさんが乗ってきていた車が止まっていた。
見るからにハイグレードで、のちに調べたところ新車価格2850万円もするというえげつないベンツだった。
めっちゃお金持ちやん!!!!
相手がお金持ちだとわかると、途端にきちんと名乗らなかったことを激しく後悔した。
「桂三四郎という落語家です!! 何月何日何時から、どこどこで落語会やってますので!! ぜひ!!」
と言って、苦しむおじさんにチラシを無理やり押し付ければよかった。。。
そんな話を文化放送のラジオ番組『くにまる食堂』で喋った。