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伝説

三遊亭好二郎の「座布団の片隅から」 第5回

漆黒の蕎麦に戦慄が走る!

 まず店の戸を開けて早々に私は面食らった。

 ガラガラガラ……

 私「こんにちはー」
 店員「……」
 私「あのー、こんにちはー」
 店員「……」

 え!? 無言!?!? 「いらっしゃいませ」が聞こえない。だが、店員は確かにそこにいるのだ。しかし、一切喋らない。目は合っている。ものすごく目が合っている。まったくの無表情で立っている。思わず数秒見つめ合ってしまった。

 ハッと我に返り、「『東京の人間は冷たい』って、おじいちゃんが言ってたな。これが東京の洗礼か」と冷静に考えて渋々、席に向かった。

 店内には、BGMもラジオもかかっていない。都内とは思えないほど、シーンとした暗い店内。どんなにおもしろくない噺家の落語会でももう少し盛り上がっている。

 席に着くと、先ほどの店員がついてきた。だが、「ご注文いかが致しましょうか?」を言わない。私がメニューを見ている間もそこに座敷童子(ざしきわらし)のようにずっと立っている。すごいプレッシャーだ。とりあえず、かけ蕎麦を頼んだ。

 私「かけ蕎麦を…」
 店員「…………」
 私「かけ蕎麦を…」
 店員「………………………………」
 私「………………………………」
 店員「………………………………はい」

 ……よかった。初めて会話ができた。クルッと方向転換して、座敷童子はキッチンの方へと向かって行った。本当にオーダーが通ったのか不安で仕方がない。そう、この店には接客という概念がなかったのである。

 しばらくして、蕎麦が出てきた。よかった。オーダーは通っていた。どんなに黒い蕎麦かと思って丼を見て、その黒さに驚いた。まるで墨をこぼしたような黒い蕎麦だった。黒いという漆黒だ。さぞかし味が辛めなんだろうと思って、一口食べて戦慄が走った。

 味がしない!!!!!!