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伝説

三遊亭好二郎の「座布団の片隅から」 第5回

カルト蕎麦屋に魅了されていく私

 この真っ黒い、無味無臭の蕎麦を食べて、「あぁ、俺は東京に来たんだ。これからは、この黒い蕎麦を食べて生きていくんだ……」と若干、ホームシックになってしまった。

 どうしてあんなに黒いのに、味がしないんだろう。とてつもない技術があるのだろうか。

 ただし、このドス黒くて味がしない蕎麦は、大方の客にとっては不幸だが、私にとっては青天の霹靂(せいてんのへきれき)だ。古典落語「時そば」に出てくる不味い蕎麦屋のモデルがこんなところにあったとは! 噺家にとって、こんなにありがたい店はない。

 それから、ネタ集めが半分、野次馬根性(やじうまこんじょう)半分でXに通った。他のメニューも挑戦してみたが、うまくいった試しはない。蕎麦を諦めて、カレーを頼んだら、カレーは片栗粉がダマになっていた。カレーうどんを頼んだら、片栗粉が固まってゼリーみたいなのが出てきた。最高だ、X!!

 もはや私は、Xの虜(とりこ)になってしまった。何度も通ったのだが、やはり私以外の客を店内で見たことがない。一体どうやって儲けているのだろうか。しかし、足立区で話を聞く限り、確かにXに通っている人はいるのだ。

 最近は引っ越してしまって、なかなか伺えなくなったのだが、足立区に行ってはXにまつわるエピソードをたまに集めている。

 この間も、足立区の方と飲んでいて、興味深い話を聞いた。その方は毎年、年越し蕎麦をXで注文するらしい。しかも出前で。……すごい勇気だ。出前を頼んだ時の電話のやり取りは、こうなったのだという。

 プル、プル、プル……ガチャ。

 X「……………………」
 客「あのー、Xですか?」
 X「……………………」
 客「出前をお願いします。ざる蕎麦、五人前。○○区△△町□□丁××まで」
 X「……………………」

 ガチャ、ツーツーツー……。

 これでざる蕎麦が届いたらしい。おもしろすぎるぞ、X!!

 信じるか信じないかは、あなた次第です。

(毎月7日頃、掲載予定)