恩人について

「すずめのさえずり」 第三回

伝説の後ろ回し蹴り

 つけっぱなしにしていたラジオからたまたま林原さんの声が流れてきたので、そのままなんとなく聞いていた。

 格闘技イベント「K-1」の看板であった佐竹雅昭選手であるが、まだただのアニメオタクであった自分は知る由もない。

 「この佐竹って人は何者なんだろう。喋りうまいなあ。声優さんではなさそうだし。ケーワン? 何だそれ、格闘技? ボクシングとかプロレスとどう違うんだろう。格闘家でこんなにゲームやアニメの話をする人もいるんだ。今度テレビでやる? ちょっと見てみようかな」

 そして見たのが「K-1グランプリ’95 決勝トーナメント」。

 この年K-1にデビューしたフランスの〈バトルサイボーグ〉ジェロム・レ・バンナにKO負けを喫し、試合後、蓄積したダメージから長期休養に入ることになるのだが、とにかくこんなヘビー級で殴り合っている日本人がいるということに驚いた。

 “カカト落とし”という技の名前だけは知っていた、てっきりマンガか映画のキャラだと思っていた〈鉄人〉アンディ・フグ、〈オランダの怪童(まだ暴君とは呼ばれていなかった)〉ピーター・アーツ、〈ミスターパーフェクト〉アーネスト・ホースト、〈剛腕〉マイク・ベルナルド、〈拳獣〉サム・グレコ、〈キック界のタイソン〉スタン・ザ・マン……。

 綺羅星(きらぼし)の如く個性的なスター選手が揃っていたあの頃のK-1。佐竹選手は離脱してしまったが、その後新たな日本人スターであるムサシ(後に武蔵)選手もデビューし、だんだんと大きなイベントに育っていった。

 いつの間にかK-1の虜になっていた。

 そして96年、佐竹選手が復帰。

 今思えば、パンチドランカーの症状もあり、全盛期はとうに過ぎていたのだろうが、佐竹選手の試合には「今度こそ怪獣のような巨大な外国人に勝ってくれるのではないか」と期待させる何かがあった。

 今もK-1のベストバウトに挙げられる、復帰二戦目のマイク・ベルナルド戦。KO負け寸前から放たれた、起死回生の後ろ回し蹴りの興奮は今も覚えている。あのとき、日本中が夢を見た。ついに佐竹がK-1トップファイターを倒す夢を。YouTubeにあるから見てね。