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〈書評〉 名探偵 円朝 明治の地獄とマイナイソース (愛川晶 著)

「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第6回

円朝一門の証言者「一朝翁」と明治の元勲・井上馨

 そのぽん太=ぽこ太の往時を知る人として、もう一人三遊亭二朝という円朝門人が登場する。

 こちらもモデルは実在の人物で、三遊亭一朝である。後に亭を外して三遊一朝となり、古い噺を下の世代に伝える指南役として、また円朝一門の語り部として一目置かれる存在となった。一朝老、一朝翁などの名が出てくる書籍は多いから、落語ファンにはおなじみだろう。円朝門下では最も長生きして1930年まで存命だった。上と下をつないだ人だから、加藤正太郎に昔を語る役目としては適任である。

 こうした配役で、もう一人良い使われ方をする関係者がいるのだがネタばらしにつながるので、ここでは割愛する。その人物を配することで、ミステリーとしての連作は巧く環を閉じるのである。

 ちなみに円朝の後援者として明治の元勲・井上馨も登場する。これも史実通りで、円朝は井上と深い交友関係があった。1991年4月に円朝は明治天皇の前で「塩原多助」を口演しているが、これも井上邸で行われた園遊会の席上のことである。

 天聴の2ヶ月後、円朝は寄席出演引退を発表した。以降も落語家としての活動を終えたわけではなく、「名人長二」などの創作も行っている。井上との交わりは晩年にむしろ深まり、1896年には静岡県興津にあった別荘を訪れている。書面でのやりとりも多かったようで、『新版三遊亭圓朝』には井上が作った狂歌が掲載されている。

「修善寺の旅寓にて三日も続けて甘鯛の付焼を薬料に膳の向にありけると、甘鯛と云題にて三遊子と一首を狂ふ
あまだいでねてもおきても小言のみ しよふゆよふに付焼かれては」

「しよふゆよふ」は「そういうよう」と「醤油」の洒落であろう、というのは野暮の言い足しである。

 三遊亭円朝についての知識があればもちろん楽しめる本なのだが、詳しい人だと予見が生じてミステリーの趣向を先読みしたくなるかもしれない。なので永井書が手元にある人でも並行して見比べるなどせず、読了後に確認されることをお進めする。

 先に書いたように愛川は落語ミステリーの名手で、先行作に〈神田紅梅亭寄席物帖〉と〈高座のホームズ・昭和稲荷町らくご探偵〉の2シリーズがある。前者で探偵役を務める山桜亭馬春のモデルは五代目春風亭柳朝、立川談志などと共に四天王と謳われた落語家である。病のため早くに高座を退いたのだが、モデルに用いた小説では療養生活の中で弟子が持ち込む謎を解いた、という設定になっている。

 後者の探偵役は八代目林家正蔵、木久扇による物真似が有名だが、作中で描かれるのは「トンガリ」と呼ばれた若き日を思わせる聡明な正蔵だ。この連作には〈落語刑事サダキチ〉というスピンオフのシリーズもある。