第四話 「初心者よ永遠なれ」

「令和らくご改造計画」

#3

 そんなことを考え、例によってまた頭を抱えていると、軽やかな足音が近づいてきた。

 「兄さん、できました!」

 振り向くと、前座の算用亭でん吉(さんようていでんきち)くんが立っていた。大学院でAI研究をしていたという異色の経歴を持つ男で、いつも理屈っぽく、瞳の奥に微かな光を宿している。

僕「できたって、何が?」
でん吉「AIです。落語を学習するAI!」

 落語を学習……? そんなことをして何になる?

でん吉「これまでの名人の高座をすべて学習し、抑揚・間・仕草・客席の反応を数値化。これをこの落語家型ロボット“874K(ハナシケー)”が出力することで、どんな観客にも『最適な笑い』を提供できるんです。“メカがうまく”噺を演じますから、名付けて──メカウマ計画!」(※落語「妾馬」にかけ)

僕「うまくないよ……」

でん吉「これを使えば、名人芸が無償で提供できます。寄席にかけ合って場所は貸してもらい、あとは高座で“874K”を使って『鑑賞教室』をやりましょう」
僕「……けど、そんなロボでお客さんは楽しんでくれるかなぁ?」

 だが、見せてもらうと驚いた。テンポは完璧、間は正確、オチはきれい。悔しいが――上手いとしか言いようがない。観客はどっと笑い、SNSでは「メカウマ最高」「ロボに人間国宝を」と絶賛された。……どうか人間国宝は、人間にやってくれ。

 AI落語は、すぐに『鑑賞教室』の枠を飛び出し、寄席の看板にも「メカウマ」ロボたちの名が並ぶようになった。

 そして次第に落語家たちは自信を喪失し、高座を譲っていった。

 やがて「落語の革命」とまで呼ばれた。AIは一度もスベらない。噛んだり、台詞が飛んだり、そんなミスは一切しない。どんな状況でも、最短距離で笑いを起こす。

 だが、そこで問題が起きた――。

 観客が、笑わなくなった。

 AIは完璧だった。だからこそ、人間の『不完全さ』の意味が壊れてしまった。失敗しない笑いに慣れた観客は、失敗しないという事実に冷めていった。

 成功の価値は、失敗の存在によって支えられている。間違うことができるからこそ、人は成功に感動する。芸とは、その『ゆらぎ』を共有する行為だ。

 だがAIは、そこを削ぎ落とした。不安定さを取り除いたとき、笑いは呼吸をやめた。

 人は、完璧に計算された笑いにはもう反応しなかった。やがて誰も寄席へ足を運ばなくなり、落語は静かに姿を消した。