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優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(前編)

「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第18回

優しさと知性で物語を紡ぐ 田辺一邑(前編)

田辺一邑 近影(講談協会HPより)

瀧口 雅仁

執筆者

瀧口 雅仁

執筆者プロフィール

伝説の講釈師・田辺一鶴

 昭和から平成にかけて講談界の話題をさらい続けた講釈師として、今や伝説の人物(?)である田辺一鶴(たなべいっかく、1929年~2009年)を思い出す人も多いだろう。軍談修羅場(ぐんだんしゅらば)を取り入れての『東京オリンピック』や、エルヴィス・プレスリーの名曲をアレンジして自ら歌った『ポークサラダ兄ィ』。テレビやラジオにとどまらず、海外公演も行ったりと、その活動はまさに縦横無尽であった。

 その一鶴が鬼籍に入って早16年。この12月に一門の弟子たちが集まって追善の講談会を開くという。そこで一門の高弟である田辺一邑(たなべいちゆう)に師匠の思い出、そして講談に対する思いなどを尋ねてみた。そう、一鶴はまた、女性講釈師を積極的に講談の世界へ呼び込んだ立役者の一人でもある。

 まずは、田辺一邑入門前の話から。

一邑 お世話したほうではないんですか(笑)。

一邑 その節には、師匠が大変にお世話になりました(笑)。師匠はいつもそうなんです。「一邑君、明日、何時から何々という番組があるから録画しておいてくれ」ガチャン!って、自分の用件だけ話すと切ってしまうんです。

田辺一鶴の高座姿。お江戸日本橋亭にて(田辺一邑・提供)

一邑 バブルの絶頂期に心身ともに疲れて会社を辞めて、好きなことをしようと思って、朗読や大衆演劇のワークショップをやったりして、その時に講談を聴きに行ったのがきっかけです。