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〈書評〉 8番出口 (川村元気 著)

「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第6回

〈書評〉 8番出口 (川村元気 著)

罪の意識に導かれた主人公が、不気味な世界を彷徨うことに

笑福亭 茶光

執筆者

笑福亭 茶光

執筆者プロフィール

楽屋で待つ君に、今日も感謝

 今年の4月、深川江戸資料館小劇場で『鶴光の会』という年に二回の師匠鶴光の落語会があった。この会だけは、師匠が二席高座に上がるという大変貴重な会だ。

 私も高座の機会をいただき、小学二年生の息子を連れ、最寄りである半蔵門線清澄白河の駅に降り立った。我が家は近くに頼れる身内がいないので、昔から私か妻のどちらかが自分の仕事現場に息子を連れて行くことが多い。息子には申し訳ないが、芸人の家に生まれたという運命を受け入れてもらうほかない。

 私と妻のたくさんの友人や芸人仲間にも面倒を見てもらい、支えてもらった。それでもどうしようもない祝日などは、有料保育園に子供を預けてから寄席に行き、出番を終え、千円ほどの寄席のワリをもらって保育園に一万円支払ったこともある。

 私も自分の落語会に息子を連れて行く。今は楽屋で一人でYouTube大先生を見ながら待っていてくれるが、まだ幼児の頃は楽屋でも一人ぼっちにはできないので、その都度、前座という名のベビーシッターにお手伝いを頼んできた。

 「前座で一席終わった後は何もせんでいいから、楽屋で子供と遊んでて!」

 真打のいない楽屋なら、そもそも高座が終わればすることもないので、普通の前座仕事より面倒だったに違いない。しかしそこは『先輩の言うことは絶対!』という、年功序列のこの世界のルールをぶん回し、後輩たちに子供の面倒を見てもらってきた。

 お客さんには関係ないので、基本的に楽屋に子供が来ているなどと私は高座で言うことはないし、できれば言いたくない。しかしどういう訳か、ベビーシッターを頼んだどの前座も終演になると、私の息子を抱きかかえ満面の笑みでお客さんをお見送りしているロビーに現れる。

 そのたび、私は心の中で『デザイナーか!? 最後に出てこんでええねん!』と、ベビーシッターをお願いしてる手前言い出せないが、心の中で強めのツッコミを入れていた。