旅こそ、己の浅さを知る手段。だから若いうちに出る
「噺家渡世の余生な噺」 第8回
- 落語
柳家 小志ん
2025/12/14
旅の中の笑いと現実
噺家の泊まり仕事を「旅」と言う。私にとって旅は、いつまでも修学旅行の延長だ。各地でその土地の食、文化、風土、人柄に触れる。旅というより「観光」に近い。
羽田空港の出発ロビーには、いつも希望の匂いが漂っている。飛行機に乗るたび、自分が少しだけ『立派な人間』になったような錯覚を覚える。東京駅の東海道新幹線ホームは賑やかだ。暖かい西へ向かうせいか、はたまた関西人が多いせいか、すでにホーム全体が陽気の空気をまとっている。上野駅の東北新幹線ホームは、不思議と哀愁がある。演歌『みちのく一人旅』のせいにしておこう。
鳥取公演の折には、教科書の中の場所でしかなかった鳥取砂丘に初めて立ち寄った。らっきょうが、あの砂地で育つ理由を実感した。『百聞は一見に如かず』とは、まさにこのことだ。
長野・伊那町での公演では、町中の人々が親切で、まるで「いい人の国」に迷い込んだような気がした。沖縄では陽気な人々に心を解かされる。泡盛を呑みながら、来年までまた頑張ろうと思える。
だが、旅はいつも現実を運んでくる。ある年、地方の小中学校を五校回る仕事があった。最終日の学校で、校長が笑顔で迎えてくれた。「生徒も職員も心待ちにしていました」と言われ、すっかりスター気分。
玄関で靴を脱ぎ、茶色の金文字入りの「来賓用スリッパ」を履こうとした瞬間、校長が「あ、それは来賓用です。業者さんはこちら」と言った。黒ずんだ緑のスリッパを指差され、我に返った。そうだ。私はスターでもお客様でもなく、ただの「業者」の一人に過ぎなかったのだ。
同じような“現実”は鳥取砂丘でも起きた。ボランティアの方が長靴を貸してくれたのだが、返却所を尋ねて、指差した小屋の扉を開けた先は、お土産屋の裏口だった。「出口はあちらです」と言われ、レジ前を通り抜ける動線。結局、長靴の「お礼代わり」に土産を買って帰った。ディズニーランドと同じような動線だった。
旅とは、非日常の中で日常を突きつけられる時間だ。そのたびに、自分の単純さに苦笑し、また次の旅を夢見る。

旅が教えてくれる「老い」
旅先でふと、自分の「老い」に気づく瞬間がある。かつてなら迷わず挑んだ冒険物も、いまは躊躇し、「もう一か所廻れるか」と、つい計算してしまう。それでも、まだ動けるうちは幸せなのだと思う。
旅とは、若さの確認であり、老いの予行演習である。「老いを笑いに変えられるうちは、まだ大丈夫」と思う一方で、いつか笑いにできなくなる日も来るだろう。だからこそ、今のうちに旅をする。動けるうちに、可愛い自分を外へ連れ出す。
見聞を広めるために。そして、自分の浅はかさを知るために。

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