旅こそ、己の浅さを知る手段。だから若いうちに出る
「噺家渡世の余生な噺」 第8回
- 落語
柳家 小志ん
2025/12/14
西表島「浦内川ジャングルクルーズ」にて
干支と無邪気な人たち
私は、午年(うまどし)である。来る2026年、年男の四十八歳になる。年を重ねるたびに、干支(えと)という言葉が、妙に懐かしく聞こえるようになった。干支の噺になると、思い出す人物が二人いる。
一人は学生時代の級友だ。好きになった同級生の噺をして、「俺と誕生月も血液型も干支も同じなんだ」と真顔で喜んでいた。「相手が同級生なら、干支が同じなのは奇遇ではない」と指摘すると、彼は「運命を感じる」と言った。恋の盲目とは、時に算数をも超える。
この友人、社会の時事問題で「現在の首相を書け」という設問に、『中曽根元首相』と答えた。おそらく、彼の中では「中曽根」が名字で「元」が名前なのだろう。思えば、あの頃の教室には、ああした純粋な愚かさが転がっていた。そんな同級生を思い出すと、人生における“天然”という才能も羨ましく思えてくる。
もう一人は、噺家になる前の勤め先で出会った同僚だ。年明け早々、来年の干支の話題になると、「もう決まってるんですか?」と真顔で聞いてきた。「誰が決めると思う?」と返すと、「郵便局ですよね?」と。あの時、私は思った。世の中、こういう人間でも専門職資格試験に受かるのかと。以来、自分の身は自分で守ると肝に銘じた。

姉と年齢と旅の噺
私には二つ年上の姉がいる。先日、その姉と旧友を交えて会食をした。年齢の噺になり、姉が「私たちも、もう五十歳だよ」と言う。私はつい職業病のよいしょ癖で、「えぇ? そうなんですか。ずっと年下だと思ってましたよ」と言ってしまった。酒も入っていたし、つい口が滑った。姉はすぐに、「私、客じゃないから、会計しないよ」と一言。敵もさるもの引っ掻くものである。
その席で話題は、自然と旅の噺へと移った。私は仕事柄、全国を公演で回る。時間があれば自腹で前乗りをし、余韻を残して延泊もする。年に一度は、沖縄に一週間ほどの休養旅に出る。旅が私の心のメンテナンスなのだ。
姉たちは言う。「退職したら、有給をまとめて消化して、ゆっくり旅したい」と。そうした噺は、お客様との会話でもよく耳にする。だが、私はいつも少しだけ語りだす。
「有給休暇は、死んだら消化できない。いつ突然死するか、誰にもわからない。今が一番若い。旅を楽しむには体力も必要だ。貯めずに、今すぐ使った方がいい」
これは立派な人生訓のように聞こえるが、裏を返せば、有休のない噺家が、給料をもらいながら旅をしている人たちを羨ましく思っているだけかもしれない。人間の説教には、だいたいそんな裏があるものだ。

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