不動坊、抜け雀、七段目

「オチ研究会 ~なぜこのサゲはウケないのか?」 第9回

二十六席目 『抜け雀』(ぬけすずめ) ★★

【あらすじ】

 東海道の小田原宿場にある、夫婦二人で営む小さな旅籠(はたご)に、ボロボロの黒羽二重(くろはぶたえ)を着た大柄な男が泊まる。大酒を飲みながら七日も泊まる男、宿代の催促に行った主人に「一文無し」だと平然と開き直る。男は狩野派の絵師で、宿代替わりに衝立(ついたて)に雀の絵を描いて「売ってはならぬ」と言い残し去っていく。

 翌朝、主人が部屋の雨戸を開けると、衝立の雀の絵は消えて、何も描かれていないことに気づく。ところが、そう思った途端に宿の前に飛んでいた雀が戻ってきて、絵の中にピタッと納まる。絵に描いた雀は生きていたのである。これが評判となり、宿屋は大繁盛。大久保加賀守(おおくぼかがのかみ)も千両の値をつけてほしがるが、絵師の言いつけ通りに断る。

 そのうちに、六十歳過ぎの品の良いお武家風情の老人が訪ねて来て、絵を見て難癖(なんくせ)をつける。「この絵には止まり木がないから、飛んでいる雀はいずれ疲れ果てて死ぬ」と衝立に大きな鳥籠(とりかご)と止まり木を描くと、雀がそこで休んで納まる。

 しばらくして、あの見すぼらしかった絵師が立派な仙台平(せんだいひら)の袴姿で戻ってくる。衝立に千両の値がついたことや、その後にお武家風情の老人が鳥籠を描いた話をすると、慌てて衝立の絵を見に行った絵師が、衝立に突っ伏して語ったのは、「お武家風の男は父親で、絵に熱心でない自分は勘当されたが、やっと自分の功績が認められて勘当が解けた」ことだった。

 それを聞いて、喜ぶ主人だったが……

【オチ】

主人 「この雀を描いた、あなたは親孝行だ」
絵師 「いや、わしは親不孝だ。親を駕籠舁き(かごかき)にした」

【解説】


 説明が要るので、★★とした。

 駕籠は、時代劇を観ていると出てくる。宿場で活動する駕籠舁きは「宿場人足」と言って、出所の知れた浮浪人(ふろうにん)がやることが多かったが、中には出所の知れないモグリの宿場人足がいる。

 その中には、「たかり」「ぼったくり」「窃盗」をする者もいて、こういう駕籠舁きを俗に「雲助(くもすけ)」と言った。

 そういう経緯もあって、駕籠舁き自体を軽蔑する向きもあった。今でも、悪質なぼったくりタクシーに対して「雲助」と使われることがある。

 枕で上記のような説明をする場合が多いが、どう説明したところでオチは洒落(しゃれ)である。なので、説明を入れず、オチ自体を変えている人もいる。それは演者の考え次第だ。

 ただ、このオチには、妙な納得感がある。枕でオチの説明をしてから約30分の本編を聴いて、最後にこのオチが出てくるが、そこでのお客様のほっこりした雰囲気がとても好きだ。そのほっこりが見たくて喋っている噺だ。

 さて、この駕籠舁きの「舁き」という表現。「担ぐ(かつぐ)」という意味だが、担ぐだとオチとは韻を踏まないし、「駕籠担ぎ」とも言わない。ちなみに、この「舁く」という表現は地方で使われているようで、愛媛県では神輿を舁く。そして、私の故郷・福岡で有名な山笠(やまがさ)も舁くという表現をするようだ。