来る春や 妻啼き我の 目は涙

「朝橘目線」 第9回

36歳の年男は何をしていたのか問題

 では12年前、36歳の時は?

 私は噺家になってからずっと、毎年つける手帳を捨てずに保管している。いつどこで、どんな噺をやったのか。都度手帳に記載する。ついでにもらったギャラも。前に行った場所にまた行く、という機会も多々あるので、そんな時にデータベースとして参照する。噺の重複を避ける、うろ覚えだった会の名称をきちんと思い出せる、ステルス減額に気付く、などの利点がある。

 スケジュール管理、今ではすっかりアプリに頼り切りだが、そんなわけで手帳も欠かせずにいる。

 2014年の手帳を開いてみた。まず元日、我が五代目円楽一門会のたまり場こと「両国寄席」にて、『いたりきたり』を口演したのがしゃべり初め。この噺は、上方落語のスーパースター、故・桂枝雀師匠が晩年に創作された新作落語である。

 前年の博多天神落語まつりで、桂南光師匠が口演されているのを聴き、あまりの面白さに教わりたい旨を願い出たら、枝雀師匠作のため教えられない、と。そこで当時、面識のあった枝雀師匠のご子息、現在の桂りょうばさんにお願いし、枝雀師匠のおかみさんからもご快諾をいただき、晴れて習得することができた。

 東京の落語家で、初めてこの噺を手掛けたのは、私である。自慢したいから、太字にしちゃう。

 ちなみに演題は、話に登場する架空の動物の名前。「いたりきたり」という出たり入ったりする動物と、「出たり入ったり」という行ったり来たりする動物、その他「のらりくらり」や「寝たり起きたり」など、似たような動物がいくつも出てくる。何言ってるか、わかんないと思うけど、そういう噺。私はこれに心を射抜かれた。この特別な一席を口開けに持ってくるなんざ、年男としての意気込みにあふれていたのだと思う。

 『いたりきたり』は、この月だけで9回もやっている。年間通すと21回。この年、一番多くやった噺である。10月23日には、枝雀一門の桂九雀師匠の会でこの噺をさせていただいた。九雀師匠と、のちのりょうばさん(その頃はまだ噺家ではなく、本名で落語を口演されていた)の見守る中での高座は、恐れ多いし、申し訳ないし、責任重大だし、まあ緊張した。

 九雀師匠が喜んでくださって、心底救われた思いがしたのを今でもよく覚えている。