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チンドン屋人生

港家小そめの「コソメキネマ」 第2回

チンドン屋人生

今回は、チンドンの音がスクリーンで流れる日本初のトーキー映画をご紹介!

港家 小そめ

執筆者

港家 小そめ

執筆者プロフィール

親方と出会う

 こちらの話楽生Webで連載することとなり、他の方がどんな記事を書かれているのかなと思い、よく読ませていただいております。中でも弟子入りの時の話は数も多く、本当に出待ちするんだ! 何回も断られるんだ!と噂に聞いていた話を再確認し、ご本人と同じようにドキドキしながら読みました。

 イヤイヤ、あなたも弟子入りしてるでしょと突っ込まれそうですが、私の場合、少し毛色がちがうような気がします。今回はそのお話を。

 私は人生で二度弟子入りをしております。一度目はチンドン屋、二度目は浪曲師です。

 普通は一回もない、あってもこれしかない!と思ってするもので、二回というのは自分でもどうなのかとは思いますが……こればっかりは巡り合わせとしか言いようがございません。

 一度目の弟子入り、あれは感覚としては恐竜が歩いていたくらい大昔のことでございますが、美術短大卒業後、劇団に入り、芝居に関わっていたことがありました。その打ち上げで、劇団OBの男性と隣り合わせました。その人は、今はチンドン屋で楽器を吹いていると言い、チンドン屋で女の子を探しているからやってみない?と誘われました。

 今もチンドン屋を見かけることは、それ程ないかと思いますが、当時もチンドン屋って見たことあるような、ないような?という感じでした。

 臆病なのに好奇心だけはある私は、その人の紹介で後日、そのチンドン屋さんのご自宅へ伺うことに。部屋の奥に煙草を吸いながら座っていたのが、当時60歳くらいだったでしょうか、二代目瀧廼家五朗八(たきのや ごろはち)親方でした。

 親方は東京下町の生まれで、二代目というところから分かる通り、お父さんの初代五朗八親方もチンドン屋。初代はチンドンだけでなく、漫才などの芸人もやっていたそうで、親方自身も子供の頃からチンドン屋という人でした。