牛ほめ、たがや、茶の湯

「オチ研究会 なぜこのサゲは受けるのか?」 第3回

九席目 『茶の湯』(ちゃのゆ) ★★★

[ワンポイント] 隠居と定吉が始めた“茶の湯”は、本人たちだけが楽しんでいる危険な趣味である。飲まされる側はたまったものではないが、江戸の町ではそれを正面から言えない。この我慢が、噺全体の笑いを支えている。

【あらすじ】

 蔵前の大店(おおだな)の主人。隠居生活をしようと、小僧の定吉を連れて根岸に引っ越してきて静かに暮らしている。「退屈だから何かやったらどうだ」と定吉に言われ、幸い茶室と茶道具も揃っていたために、やり方を知らない茶の湯をやることになる。

 「茶碗の中には青い粉が入って、泡を立たせるものがいる」と知ったかぶりをしていると、定吉が乾物屋から、青きな粉とムクの皮を買ってくる。青きな粉をお湯に入れ、ムクの皮で泡を演出した、この変なお茶を二人は飲む。もちろん美味しいわけがなく、三日でお腹を壊す。

 それから、隠居の持つ長屋の三人を呼んで、茶の湯の会を開くことにし、定吉に手紙を届けさせる。豆腐屋さん、鳶(とび)の頭、手習いの先生の三人は、自分たちも茶の湯を知らないが、仕方なく茶の会にやってくる。不味(まず)いと思った三人だったが、なんとか切り抜ける。

 一方、口直しに食べた羊羹(ようかん)が美味しかったので、これが近所で評判になり、茶を飲まずに羊羹ばかり食べにくる者も出て来る。そのため、菓子代を節約しようと考えた隠居は、さつまいもをたくさん蒸して、すり鉢で黒砂糖と蜜を混ぜて合わせ、それをお猪口(ちょこ)に入れて抜こうとしたが、ベトついて抜けない。

 そこで綿に行灯(あんどん)用の灯し油を染み込ませて、お猪口に塗ってうまく抜けるようになった。これを「利休饅頭(りきゅうまんじゅう)」と名付けて出したが、これも不味くて近所の人が来なくなる。

 ある日のこと、蔵前にいた頃の友だちがやって来て、茶の湯をやってみたいと言う。喜んだ隠居は、お茶を振る舞うが……。

【オチ】

 不味いお茶を飲んだので、口直しにと食べた自家製造の「利休饅頭」。もちろん食べられたもんじゃない。

 我慢できなくなって、その饅頭を持って廊下へ飛び出したお客が、庭を見ると建仁寺垣(けんにんじがき)があって、その向こうに畑が広がっている。そこへぽーんと投げ捨てるが、それが畑仕事をしていたお百姓さんの頬にぶつかって、

お百姓 「うん? ああ、また茶の湯か」

【解説】


 筆者が一番好きなオチだ。「また茶の湯か」という一言に広がりを感じる、秀逸なオチだと思う。このセリフが発せられた瞬間に、長屋の人が茶の湯をやらされて悶絶している風景が思い浮かぶ。その余韻を残しながら噺が終わる。

 この噺では、不味いお茶を飲む場面が何度も出てくるが、飲む人がみんな違う。その差をつけるのが楽しくて難しい。

 青きな粉は、緑色のきな粉で味はきな粉だが、これに合わせたムクの皮が不味い。ムクロジの実の皮で、昔は石鹸(せっけん)の代わりに使われたそうだから、不味いはずだ。利休饅頭に使う灯し油は、魚からとった油で作ったもので、生臭い饅頭にはさぞ驚いたことであろう。

 そして、もう一つ面白い場面がある。三軒の長屋の人が、茶の湯の会に行きたくなくて引っ越しをしようとしている場面である。

 前半と後半を繋ぐ大事な場面だが、ここを端折(はしょ)る演者もいる。だけど私は、出来るだけ入れるようにしている。一気に登場人物が増えるが、とにかく面白いのだ。博学なはずの手習いの先生まで、引っ越そうとする。その場面を描いてこそ、後半のオチが生きてくると思っている。

 好きだからと、あまりにやり過ぎてお客様に「また『茶の湯』か」と言われないようにしたい。

林家はな平 公式Webサイト

(毎月6日頃、掲載予定)

演目一覧

あ行 明烏 あたま山  牛ほめ
か行 片棒 紀州 きゃいのう 甲府い 権助魚
さ行 七段目 芝浜 崇徳院 粗忽長屋 ぞろぞろ
た行 大工調べ たいこ腹 たがや 短命 茶の湯 壺算 つる 転失気 道灌
な行 にらみ返し 抜け雀
は行 不動坊
ま行 まんじゅう怖い みそ豆
や行
ら行
わ行