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一合目 ~日本酒飲みの生い立ち~

酒は“釈”薬の長 ~伯知の日本酒漫遊記~ 第1回

一合目 ~日本酒飲みの生い立ち~

甘味に合わせる、キンキンに冷えた鶴齢。たまらない美味さ!

松林 伯知

執筆者

松林 伯知

執筆者プロフィール

日本酒に魅せられた道楽者

 自分は根っからの道楽者である。小さい頃から興味があるものにはひたすら夢中になり……かと思うと、パッと止めて、また違うものにすぐとりかかる。

 良く言えば多芸多趣味、好奇心旺盛。悪く言えば浅学非才の飽き性。周りからよく「えっ、この間まで〇〇にハマってなかったっけ? なんで今△△やってるの?」と驚かれること、数多である。

 古今東西、次々と色んなものにハマっては限界オタクと化していたが、不思議と長続きする趣味もいくつか見つけた。そのうちの1つが、日本酒である。

 飲んでよし、学んでよし、体調も良くなる、美肌に効く。一石三鳥の趣味なのである。

 そもそも、日本酒にハマったきっかけが……


酒はもと薬なり
世はまた人の情なり
憂き世を忘るるもひとえに酒の徳とかや

~狂言『棒縛り』 より~

 歴史学を学ぶため上京、大学に入学し、入ったサークルが狂言研究会だった。ちょうど映画『陰陽師』がヒットして、野村萬斎先生が各方面で大活躍中。

 その萬斎先生が顧問、一門の狂言師の先生方が直々に稽古をつけてくれるという、なんとも豪華な本格志向のサークル。もとより歴史好きの身、「リアルな時代劇ができるかも!」と、演劇未経験、人前で話すことすらしない人間なくせに、大喜びで入会届を出した。

 もちろん大学生で、サークルに入ったとなれば、飲みの機会も多くなる。その頃、自分は何を飲んでいたかというと……なんと、“カシスオレンジ”である。

 「お酒飲んだことないから、甘いお酒飲んでみようかな~」と言って、初めに勧められたものをなんとなく飲み続けていた。別に可愛げのある女子大生を演じようと思っていたわけでもなく“なんとなくカシオレ”。

太郎冠者の酒盛りに挑むが……

 ところが、そんなカシオレ女子を急ぎ卒業せねばならない事態が起こったのである。狂言『棒縛り』で、シテの太郎冠者(たろうかじゃ)を演じることが決まった。どえらい大役である。

 それまで大名や主人、侍などお堅い役ばかり担当していたため、陽気な太郎冠者をやるのも初。棒に縛られた状態での謡(うたい)あり、舞あり、とにかく大変な曲なのだが、いくら稽古しても上達しない場面があった。

大学で狂言を演じる筆者(画面左)

 縛られた太郎冠者と次郎冠者(じろうかじゃ)が酒盛りをする場面である。美味い酒を盗み飲みして、酔いも回り陽気になったピークで、謡い、舞わねばならないのに、「……うーん、どう見ても正気なんですよ。酔って楽しそうに見えない」と、先生から指導が何度も入る。

 これには困った。考えてみたら、酒をガバガバ飲んだこともなければ、酔ってへべれけになったこともない。何しろカシオレ女子なので。

 「このままじゃ、例え縛られようが好きな酒を飲んでみせる酒豪の太郎冠者にはなれないじゃないか!」

 「駄目なのだ、お洒落カクテルを飲んでいては。飲まねばなるまい、太郎冠者のように。そう、日本酒を!」

そのまま飛び上がって酒屋へ入り
安「酒を一升くれろ」
酒「へえ お入物は」
安「イヤ直ぐ飲むんだ」
酒「畏こまりました」
波ゞと一升桝へ注で出したを桝の隅からグゥーッと仰ッてしまッて
安「エーイ 代は其のうち」ト駆け出した。

~『赤穂義士十勇士伝』堀部安兵衛 より~